選択肢の無い答え
白峰は乾いた笑いを漏らした。
彼自身、こんな方法が素直に歓迎されるとは、そこまで夢見ていたわけでは無い。
「そうですよね。本当に、すみません。ミィレさんの気持ちも考えずに。一方的な事を言って。それも、弟さんの命を盾にするような真似をしてしまって。軽蔑されても仕方ないと思います」
再び、白峰は深く頭を下げた。
包み込む沈黙が、どこまでも重くのし掛かった気がした。
「いえ、別に軽蔑とか、そんなことは思っていませんけど」
しばらくして、囁くようなミィレの声が聞こえてきた。
「ただ、なんでしょう? あまりにも突然の事で、私。何も実感が湧かないんです。現実感が無くて、自分の気持ちが分からないんです。結婚は、はい。大丈夫です。嫌とかじゃ、ないですから」
一つ一つ、自分の感情を確かめるように、彼女は言う。
「シラミネさんの気持ちも、疑っているわけではないんです。それは、信じられます。だって、そうじゃないですか。あんなにも雨に濡れて、ルテシアからこんなところまで自転車で来ようなんて。そんな人、そうですよね。そこまで、私のことを想ってくれているからですよね」
「分かっている。こんなにも分かっているのに」と、ミィレは繰り返す。
「シラミネさん。私の方こそ、ごめんなさい。私だって、もっと、喜ぶべきだって思うんですよ? 弟が助かるかも知れなくて。でも、結婚とか私には縁の無いことだって、ずっと思ってて。だからなの? 色んな事が頭に浮かんで、何も言えない」
ミィレの嗚咽が聞こえてくる。
白峰は、頭を上げることも出来ず、何も言える言葉も思い浮かばず、ただそれを聞いていた。
「なるほど、話は分かったわ」
アサの溜息が聞こえた。
「ミィレ。あなた、つべこべ言わずシラミネと結婚しなさい」
重苦しい空気を打ち破る強さが、その声にはあった。
「え? はい。お嬢様。それは、そうですけど。でも、私まだ気持ちの整理が――」
「そういうのは、後で幾らでも付けなさい。どうせ、もうあなたの言う通り答えは決まっているし、あなたも出しているの。その答えは変わらないんでしょ? どう答えを出そうか、考えているだけで。考え方が逆じゃないの」
「そう、なのでしょうか?」
「そうなの。まったく、あなたって子は本当に自分のことには鈍感なのね」
重苦しかった空気が晴れ、白峰が顔を上げると、隣ではアサがやれやれと肩を竦めていた。
ミィレの両親からも、苦笑いが漏れていた。
「そうだな。ミィレ。きっと、お嬢様の言う通りだよ。お前は今まで、自分の幸せというものを我慢ばかりしていたんだ。それで、どうしたらいいのか分からなくなっているだけだよ。時間が経てば、心の整理も付くさ」
「そうよミィレ。幸せになりなさい。この人なら、私達も安心してミィレを任せられるわ」
その言葉に、白峰は勇気づけられた気がした。また、改めてその期待を裏切ってはいけないと誓う。
「私、幸せになってもいいの?」
そんな、ミィレの呟きに――。
「良いに決まっているじゃないの!」
アサは即座に拳を卓上へと叩き付け、答えた。
「はい。それじゃあ、答えはもう出たんだから、ミィレの弟をニホンまで連れていくわよ。飛行機は狭いから、私とシラミネの他には、弟とミィレしか乗せていけないけれど。シラミネ? ご両親はどうするの? まさか、ここまで来て何も準備していないっていうことは無いわよね?」
「ありません。それは、クムハさんの予定がもう詰まっているので、陸路でルテシアまで来て貰うしかないですけど。ですが、ルテシアまで来てくれたなら、日本の病院に来るまでの手配はします」
「ならいいわ。他に、必要なものは?」
「弟さんの、これまでの診察結果の記録が必要です。それをルテシアのお医者さんに渡して、その人にも日本に来て貰い、内容を日本の医者に説明して貰います。それも、医療交流の枠組みで対応出来ます」
「その先生というのは、ひょっとしてヤコン先生のことですか?」
「そうです」
白峰の肯定に、ミィレは軽く胸を撫で下ろした。
「ミィレ? 知っている人なのか?」
父の問いに、ミィレは頷く。
「シラミネさんが病気で倒れたときに、私と一緒に看病した先生よ。大丈夫。経験豊富な人だから」
命を助けられたということもあり、白峰もミィレの評価に同意する。また、彼は好奇心旺盛な人物で、まるで年齢を感じさせないほどに貪欲に地球の医療知識を学んでいる。
「分かりました。シラミネさん。私、あなたの求婚を謹んで受け入れます。そして、弟を助けて下さい」
「本当に、いいんですね? いえ、ミィレさんに断る選択肢が無いことは分かっていて聞くのもあれですが。自分と結婚したらもう、基本的には日本に住んで貰うことになります。自由に、この家に戻ることは出来なくなってしまいます」
「それは、覚悟の上です」
きっぱりと、ミィレは言いきった。
「それに、もう二度とここに来られないわけでも、お父さんやお母さん達に会えないわけでもないんでしょう?」
「はい、それはその通りです」
「なら、私なら大丈夫」
ミィレは涙を拭って、笑った。




