佐上 マイフェアレディ(1)
佐上的にはいけ好かない、ド腐れ眼鏡こと月野渡から、デートのお誘いっぽい話がやってきて?
渋谷駅の改札を出て、地図を頼りに周囲を回ると、割とあっさりとハチ公像へとたどり着いた。
「近頃は道頓堀も人増えたけど、こっちもエラい人多いなあ」
佐上はぼやきながら、銅像へと近付いていく。月野は像の直ぐ隣に経っていた。分かりやすいと言えば分かりやすい。
彼はどこか、コンビニで見掛けた男性向けファッション誌の表紙みたいな格好をしていた。無駄なく、シンプルかつそれでいてどこか高級感を醸し出す服を着込んでいる。どこで揃えたのか知らないが、ファッションセンスは悪くないようだ。
「こんにちは。今日は、お休みのところお付き合い頂き、ありがとうございます。昨日は、よく休めましたか?」
「……はあ、まあ」
何やこいつ? いきなり昨日のことをほじくり返すとか、本当に嫌みなやっちゃな。
折り目正しくお辞儀をしてくる月野に、佐上はうろんな目を向ける。
実のところ、夜からは熟睡出来てはいない。日中にガッツリと寝てしまったこともそうだが、月野が何を考えて自分を誘ったのか、皆目見当が付かなくて、あれこれと考え込んでしまったのだ。
まさか、自分が好きでデートに誘った? いやいや、それは無いやろ。じゃあ、昨日のことを黙っておいた代わりに、その弱みに付け込んでとか? それも流石に、無いと思うのだけれど。
「ええっと、買い物と食事って聞きましたけど? 買い物って、どこに行くんです?」
「はい、佐上さんの服を買いに行きます」
「服? いや、生憎と服なら午前中に買いに行ってきたんですよ? 親からも、送って貰うように頼んで、今日か明日には届くと思うし」
その服は、既にホテルの部屋に置いてきた。ちなみにブランドは格安で大衆向けとして有名なものである。
「それは、普段着でしょうか?」
「まあ、そうやけど?」
しかし、そう答えると月野は首を横に振った。
「そうではなく、あのスーツの代わりになるような服です」
「あ、あかんか?」
「ダメとは言いませんが、もう少しそこには気を遣って頂きたいのです。報道でも流れていますが、我々が見たところ、あの異世界の使者は高い家柄の出であると思われます。それでなくても、外交ではそういった見た目で判断される要素は大きい。大企業の幹部や政治家の先生達が高いスーツを着込むのも、ただの見栄ではありません。自分がどのような人間かを表現し、相手に言外のメッセージを送ったり、信頼を勝ち取るために着ているのです」
「なるほど」
確かに、そう言われると量販店のあのスーツでは、ちょっと恥ずかしいかも知れない。佐上としては、気に入っていたのだけれど。
思い返すとこの月野も、妙に立派なスーツを着ていた。男物のブランドとかには詳しくないが、同僚が着ているものとはどこか違う。どこかの高級ブランドのパターンオーダーか、下手するとフルオーダーなのかも知れない。くそ、ブルジョアめ。
「せやけどうち、そんな服どこで買いに行けばいいか分かりませんよ?」
「そう思って、私がこうして申し出たのです。出来れば、銀座に行きたかったのですが、今は封鎖されていますからね。こちらにしました」
現在は、秋葉原近辺。上野や東京、銀座あたりまでは封鎖されている。新幹線も品川で停まった。
「はあ、そうですか」
だったら、昨日の時点で、最初からそう言ってくれと思った。うちの睡眠時間返せや。つうか、そんなんやったら、自分一人で買うてきたるわ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
場違い。
そんな言葉が、佐上の頭から離れて消えない。何やここ? こんな世界、うち知らんで?
月野に連れられて来たのはデパートの婦人服売り場。そしてその、超高級ブランドの店であった。
脇にある、トルソーに着せられた服の値札を見る。佐上の一ヶ月の給料よりも高い。テレビのバラエティ番組なんかで、たまに金持ちの優雅な生活みたいなものが紹介されていて「ああ、別世界やなあ」とか思うことはあったが、それが今まさに目の前に存在していた。
脚が震え、頬が引きつった。今着ている服が、もの凄く野暮ったいものに思えてしまう。というか、こんな庶民感丸出しのセンスとか、恥ずかしい。
月野が妙に高そうな服を着込んでいた理由が分かった気がした。
こんなところで、何をどうやって買い物すればいいというのか?
絶対に頼りたくはないが、それでも月野を見上げてしまう。すまん、マジで何とかして欲しい。
ちなみに、こんな具合に彼に頼るのは、対策室とかいうお偉いさんの前で発表するときから数えて二回目である。
「いらっしゃいませ。御用がお有りでしたら、お気軽にお申し付け下さい」
にこやかな笑顔を浮かべながら、店員が近付いてくる。
これがまた、美人。もの凄い美人。もういっその事モデルにでもなれやと言いたい。こんなのに、「お気軽に申しつける」とか、出来るかと。あぅあぅと佐上は唇を震わせた。
「はい、こちらの女性に似合う服をお願いしたいのですが」
すかさず、月野が答えてくれた。悔しいけど助かる。
「左様でございますか。どのようなシチュエーションでのご使用とか、見せたいイメージ。そのようなものはございますか?」
「そうですね。重要な会談などに使うことを考えています。イメージとしては、相手にくつろいだ印象を与えるようなものを。あとは――」
ちらりと、月野はこっちを見てきた。
「自信を引き出せるような。そういう服をお願いします。詳細は、恐縮ですがお任せします」
おい、無茶言うんやない。そんなん出来るんか。と、佐上は内心でツッコミを入れた。
店員が軽く手を顎に当て、小首を傾げる。ほれ見い、困っとるやろが。
「畏まりました。それでは、ご案内致します」
出来るんかいっ!?
「あと、失礼ですがご予算は如何ほどでしょうか?」
「そうですね――」
月野が提示した金額は、佐上の給料一ヶ月から二ヶ月分くらいであった。
思わず、佐上は月野の服を引っ張った。
「ちょっ!? ちょい待ち? それ、誰が払うん?」
「佐上さんですよ?」
平然と言ってくる。思わず吹き出しそうになって、軽くむせた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫なわけあらへん。こんなお金、うち払えんて。恥ずかしい話、うち本当にお金無いんよ?」
「大丈夫ですよ。佐上さんの会社が、佐上さんに手当を払うでしょうから」
「どういうことや?」
「まず、ここでは佐上さんが自分で服を買います。後日、特別手当を佐上さんの会社が佐上さんに払います。その分も含めて、佐上さんの会社がこちらに請求します。そういう流れになります。なので、この場では佐上さんがお支払いすることになります」
「な、なるほど??」
官民の癒着とか、そういうのに抵触しないのだろうか? 恐いので、深くは聞かないことにするが。確かに、必要経費と言えばその通りなのかもだけど。
あとこれ、金融関係の漫画だと、借金のカタに嵌める常套手段の気もする。一応、これくらいなら払える程度には、銀行にお金も預けてはいるから、そんなことにはならないのだが。
取りあえず、買った服の領収書の宛先はきっちりと「柴村技研」と書いておいた。
実際のところ、ここ経費がどうなるのかは微妙かなあ。
もし、問題があれば修正するかも知れません。