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この異世界によろしく -機械の世界と魔法の世界の外交録-  作者: 漆沢刀也
【共にに歩む編】
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消えたミィレと白峰の決意

なかなかペースが戻らないままですが。

いよいよ最終章です。

ちまちまと長く書いてきましたが、当初のプランを大きく変更もせず、エピソードも削らずにここまで来ることが出来て我ながら結構感慨深かったりします。

 結局、ほんの数時間前の出来事だというのに、それがほとんど印象に残っていないというのは、それだけ自分にとって衝撃が大きかったということなのだろう。

 逐一、話の内容は覚えているというのに、そんな状態だというのは、つまりはそういうことなのだと白峰は自己分析した。


 今日の昼過ぎに、久しぶりにこのルテシアへと帰ってきた。

 飛行場で、てっきりミィレが出迎えてくれるものだと思っていたのだが、白峰のその期待は外れた。街に行く馬車の中で、代わりに来てくれた海棠に訊いてみても、彼女は曖昧な表情を浮かべ、言葉を濁すばかりだった。


 この時点で、白峰には嫌な予感しか無かった。

 そして、渡界管理施設へと着いて、部屋にいるメンバーに簡単な報告とお土産配りをする。それだけで、解放されるという予定だった。

 しかし、渡界管理施設にも、ミィレの姿は無かった。


 アサも、飛行場で乗る馬車が別れており、どういうわけか彼女も渡界管理施設には来なかったようだった。

 その理由は、一通りお土産を配り、王都での出来事を話した後に月野から説明された。

 ミィレは、一週間ほど前にお屋敷を辞めた。そして、渡界管理施設の仕事も辞めて、田舎に帰ることになった。そしてもう、ルテシアからは出立している。


 彼女が何故急にお屋敷を辞めたのか、その理由については教えられなかった。月野達も、詳しくは聞かされていないのだという。ただ、家庭の事情の為とだけ言っていた。

 では、その家庭の事情が落ち着いたら、また彼女は戻ってくるのか? 縋るような気持ちで、白峰は訊ねたが。月野達は、沈痛な面持ちで首を横に振った。


 「今日は、もうこれでゆっくり休んで下さい」という月野の声が、白峰の心を締め付けた。アサが飛行場で別れた理由も、理解した。

 ティケアとしてはアサに一番に報告する必要があるし、それを聞いたアサが平常心を保てるかというと、難しいと考えるのは自然な話だった。


 それから帰宅して、頃合いを見て白峰はアサに電話をした。彼女から、もう少し詳しい事情を聞けないものかと思ったのだった。

 しかし『ごめんなさい。あの子から、固く口止めされているの。特に、シラミネには』。それが、アサの答えだった。

 電話の向こうで聞くアサの声からは、深い悲しみが伝わってきた。


 ダメ元で掛けてみたミィレの電話番号は、電波が届かなかった。

 照明も付ける気になれず、白峰はすっかり昏くなった部屋の中で、ベッドに腰掛けていた。そのまま、ぼんやりと項垂れて床を見ている。


 何も、食べる気が起きなかった。

 ふと、白峰は苦笑した。食欲なんか全然無いくせに、こんなときに、思い出すものはミィレが作ってくれたカレーのことだというのかと。それが随分と、滑稽な話に思えた。

 白峰は溜息を吐いた。

 カレーのことだけじゃない。たった一年程度だというのに、彼女に関する思い出は沢山有って。それが、次から次へと思い出してしまう。何から何まで、鮮明に。どれも、まるでつい昨日の出来事のように。


『じゃあ。自分達が帰ってくるときは、ミィレさんも笑って出迎えに来て下さい。だったら、自分達も安心して王都にいけますから』

『そうそう。約束よ。ミィレ』

『はい。約束です』


 一ヶ月前にはそう言って別れ、自分達は出発した。

 そのことも、よく覚えている。

「――約束、したじゃないか」


 その時のことを思い出し、白峰は絞り出すように声を出した。思わず強く、拳を握りしめる。

 その手の中にある硬い感触を思い出し、白峰は手を開いた。イシュトリニス特産の陶磁器で作られた装飾品。ミィレに、約束したお土産のつもりで買ったものだった。

 白峰は、無言でそれを見詰め、決意を固めた。少し危険な賭けかも知れないが、勝算はあると白峰は判断した。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 その日、ユノア自転車店はいつも通りの開店時間に店を開けた。

 そして、自転車屋の主人。ユノア=シエイは軽く驚いた。

 店の戸を開けるなり、若い異世界人の客が目の前にいたからだ。それも、物凄く真剣な表情をしていて。

「あ、あの? うちの店に何か?」

 彼はその気迫に気圧されながらも、聞いた。


「自転車を下さい。大至急」

「は、はい。お買い上げですね。有り難うございます。それで、どのような自転車をお求めでしょうか?」

「金に糸目は付けません。この店の中で、一番速く丈夫なものをお願いします」

 客のその注文に、自転車屋の主人はいよいよ以て目を丸くした。

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