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逃亡者達

 思い返してみると。同じ年頃の男性とここまで意気投合したというのは、これまでの人生で初めてではないだろうか? ふと、アサはそんな風に思う。

 放浪王子世直し旅は、この国のほとんどの国民が好きな物語だ。だから、話題として持ち出しても大凡受け入れられることは多い。


 しかし、自分の熱狂ぶりが度が過ぎているというのはアサも少々自覚している。あまりにも熱が入りすぎて、相手から心理的に距離を置かれてしまったことも一度や二度ではない。それは無理からぬ事とは思うものの、思う存分に語り合える人間がいないという意味では寂しく感じていた。

 それが、目の前のこの男は違う。自分がどれだけ熱を込めて語ろうともまるで引くこと無くすべてを受け止めてくれる。それどころか、自分の熱意以上のものすら返してくれる。抱えていた寂しさも同じで、深く共感し合うことがで来た。

 これ以上ないほどに幸福で、夢のような時間をアサは満喫していた。


 だが、夢というのはそう長くは続かないものだった。

 不意に、剣呑な気配を感じて、アサは身震いした。

 嫌な予感を覚えながら、アサは近付いてきた人影に視線を向ける。途端、アサの頬は引き攣った。思わず呻く。


 彼女の視線の先に。見覚えのある男女が立っていた。女はアイリャで間違いない。そして、男の方も、こちらは変装しているがシラミネに間違いなかった。

 シラミネが腕を組んで、恐い顔をして睨んでいる。シラミネがやるのは見たことが無かったが。似たような顔は子供の頃に両親相手に何度も見た。


「こんな所で。あなたはいったい何をしているんですか?」

 ゆっくりと、激情を抑え付けた声色でシラミネが訊いてくる。

「ええと? あなた誰ですか? 私、何も知らない」

「今さら、誤魔化せると思わないで下さいっ!」

 怒声を叩き付けられ、アサは思わず身を竦ませた。

 これは、確かに誤魔化すのは無理そうだとアサは諦める。完璧な変装のはずだったのに、完全にバレているようだった。


「いきなり現れて、随分な言い草だな。君は一体、彼女の何様だというのだ」

 アサの隣に座っていたレイが立ち上がり、彼女の前に進み出た。腕を横に広げ、シラミネがアサに近寄るのを制する。

 レイの口調は、明らかに苛立っていた。


「悪いけれど、見ず知らずの相手に詳しい素性を説明するのは難しい。申し訳ないが、諦めてくれ」

 そう言って、一歩足を踏み出すシラミネの手をレイは掴んだ。

「何のつもりですか?」

「生憎と、そう言われて、はいそうですかと引き下がれる程、こっちも男が廃ってはいないんだ。無理矢理に彼女を連れて行くというのなら、僕は黙って見過ごせない」


 その言葉を聞いて、アサは胸に熱い感動が湧き上がるのを感じた。

 出合ってまだ半日かそこらの関係だというのに。レイは身を挺して守ろうとしてくれている。まさか、彼がそこまでしてくれるとは思わなかった。本当に、嬉しく思う。

 一方で、シラミネは軽く鼻で嗤ってくる。彼が武術の達人であることは、ミィレから聞いているし。また去年の夏にミィレと試合した様子で知っている。彼にしてみれば、素人に手を掴まれたところで、慌てることでも何でもないのだろう。


「そういう君は? 彼女とはどういう関係だとでも言うつもりだ?」

「お願い。その人に手荒な真似は止めて。私を助けてくれた人なのよ。悪い人なんかじゃない」

 アサの必死の訴えに、シラミネは目を細め。レイに吟味する視線を向ける。


「あなたがそう言うのなら、自分も信じましょう。自分にも、この男が悪い男だとか。そう見えている訳ではありません」

「そう? よかった。分かってくれて」

 ほっと、アサは胸を撫で下ろした。

 しかし、それも本の束の間のことだった。


「ですが。何の説明も無く信じることも出来ません。あなた達、昨日の晩から一体どこでどう出合って、今まで何をされていたのか説明して下さい」

 その質問に、アサは動揺する。


「え? 昨日の晩から?」

「どこで、どうしていたか?」

 朝まで連れ込み宿にいました。決していかがわしいことはしていないけれど。男女でそういう所で一夜を過ごしました。

 ヤバい。これどう説明したらいいのだろう? アサは冷や汗を流した。


「何でそこで、二人とも答えられないんですか?」

 シラミネが半眼を浮かべてくる。

 どうしようかとアサはレイに視線を送るが、彼もまた苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。


「ラーセッタ」

 と、ぽつりとアイリャが呟いてくる。

 それが、シルディーヌで所謂連れ込み宿を利用した男女の事を指す言葉だということはアサも知っている。思わず意識してしまい、アサは顔が熱くなった。


「彼女の反応。これは、どういうことですか?」

「ち、誓って僕達は疚しい真似はしていないっ!」

 しかし、その答えは。聞きようによっては明らかに何かしたような態度にも見えた。


「テメエという奴はあああああああああああああああぁぁぁぁっ!」

 シラミネが激昂した声を上げ。素早く身を翻す。レイが掴んでいた腕はあっさりと外れ、彼はその場に投げ飛ばされた。

 思わずアサは顔を覆う。


 が――

「舐めるなあああああああああああああああああああぁぁぁぁっ!」

 まるでそんなダメージなど感じないと言わんばかりの咆吼をレイは上げた。慣れたように立ち上がり、シラミネへと突進していく。

 舌打ちするシラミネの脇をかいくぐり、膝を後ろから蹴って彼をその場に崩した。


 そのまま、レイ後ろ手に服の襟首を掴んでシラミネを無理矢理立たせる。そして、体を捻り遠心力でアイリャの方へとシラミネを放った。

 たたらを踏んで、シラミネはアイリャに抱きつく格好となった。アイリャが悲鳴を上げながら、シラミネを抱き留める。


 「アイリャさん。離して。早く離して下さい」とシラミネが訴えるが、動揺したアイリャには聞こえていないようだった。

「アーシャ。今の隙に逃げるよ」

 差し出されたレイの手を取って。アサは噴水から立ち上がり、彼とその場を逃げ出した。

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