見付けた二人
男連れとか、そういう事でもない限り、持ち合わせの無いアサには観光したくても行ける場所は限られている。
そう考えて、白峰とアイリャはそういう場所を効率的に、かつ重点的に巡る計画を立てた。
いくら広い王都とはいえ、宿から徒歩で行ける距離となると、さらに場所は絞られる。アサを見付けるのは、そこまで分の悪い賭けではないだろうと、彼らは考えていた。
が、残念ながら彼らの予想は外れた。放浪王子像や従者様像がある町や、彼らの紙芝居を見せる老舗の紙芝居で有名な公園を見て見たのだが、見付けることは出来なかった。
そんなこんなで、もうすっかり昼となってしまった。
流石にお腹も空いてきたので、彼らは昼食を摂ることにした。アイリャ曰く、近くに日本のラーメンを目指した屋台が集まる公園があるのだという。
仕事で、やや格式張った料理が続いていた白峰にとって、その申し出は非常に魅力的だった。肩の力を抜いて、ずるずるとラーメンを啜る。それを想像するだけで、白峰の頭はいっぱいになってしまった。ここまでラーメンを恋しいと思ったのは、人生初めてだったかもしれない。
そして、そんな感じで辿り着いたラーメン公園であるが。
「美味い。美味すぎる」
うっすらと涙すら流して、白峰はラーメンを貪り食っていた。
日本のラーメンとは材料や文化が異なるので、どうしてもイシュテン風というものになっているのだろうが。これはこれで、悪くない。というか、むしろ良いと感じた。白峰も、ラーメン通とかマニアのつもりはないが。こう? ラーメンとして通じる根源的な何か、言うなれば魂を感じるものだった。
これまでの持て成しで出して貰った数々の高級料理の記憶が、消し飛んでしまいそうで。これは非常に危険な状態だとも思う。
「よかった。もうすっかり元気出たみたいね」
「はい。本当に、来て良かったですよ」
微笑むアイリャに、白峰は満面の笑顔を返す。
「いやぁ。まさか、俺のラーメンをこんなにも喜んでくれるお客さんが来てくれるなんてねえ。見ているこっちが嬉しくなる」
そんな声すら、屋台の主人からはあがった。
我ながら、よっぽどラーメンに飢えていたのだろうと白峰は思う。この機会に食べられるだけ食べようと、四軒目の屋台に向かうことにした。多分これで、日本のラーメン屋換算で、ラーメン二杯分くらいのはずだと白峰は考える。
「ここに来る機会が出来たっていう意味では、アサさんの家出に感謝かも知れませんね。彼女のご両親には、言えないですけど」
「まったく、シラミネったら」
軽い冗談を言いながら、白峰とアイリャは笑い合う。
「しかし、今頃アサさんはどうしているんでしょうね? 昼食も抜きだと、それはそれで辛いと思うんですが」
「そうねえ。でも、芯の強い子みたいだから。それくらいだと戻らないでしょうね」
「全くです。でも案外と、こういうところで食べ物のありそうな場所を覗きに来ていたりする可能性も――」
と、白峰は歩みを止めた。視界の端に入ったものへと、視線を向ける。
「どうかしたの? シラミネ」
「いえ? まさか。とは思うんですけれど。アイリャさんから見て、どうですか? あの、噴水の方です。縁に座っている、若い男女なのですが」
「若い男女?」
はっきりとした自信は無いものの。白峰には彼女がアサ=キィリンその人であるように思えた。服がどういう訳か、昨晩着ていたはずの仕事着ではなく。髪型なども、聞かされていた簡易的な変装ではなく、もっと凝った具合に見えるが。
「男なので、女性の化粧とかよく分からず自信が無いんですけど。彼女の顔立ちが、アサさんによく似ている気がするんですよね」
「いえ? 何言っているのシラミネ?」
「ですよね? 流石にそんな訳ないですよね」
お恥ずかしいと、白峰は苦笑を浮かべる。
「アサに決まっているじゃない」
きっぱりとしたアイリャの断言に、白峰は顔を背け、吹き出した。
「なっ!? え? はあっ? 本当ですか? 本当に、アサさんなんですか?」
「間違いないわよ。シルディーヌ女の化粧テクを侮って貰ったら困るわよ。あの子はどこからどう見ても、アサ=キィリン。間違いないわね」
「ええええええええええ?」
「あまりそんな顔しないの。怪しまれるわよ。まあ、あの雰囲気だと、こっちに気付く様子はないでしょうけれど」
アイリャの忠告に従い、白峰は平静を装う。とはいえ、動揺はどうしても抑えきれないが。
「いや。しかし、若い男と一緒ですよ?」
「あの子もなかなかやるわね」
感心したと、アイリャが頷く。
「『なかなかやるわね』じゃないですよ。こんな話、ご両親にはとても聞かせられませんってば。こんなの、どう言えばいいんだ」
「そこは、当人同士の問題よ。真剣に説明して、伝わらないならそれまでよ」
「それもそうかも知れませんが。でも、アサさんが昨晩に姿を消して。まだ一日も経っないんですよ? どこで? どうなって?」
「そんなの私にだって分からないわよ。でも、出合ったその瞬間から、落ちてしまう恋だってあるわ」
うっとりとした口調で、熱い視線を送ってくるアイリャに。白峰はどんな顔をすればいいのか分からなかった。
「しかし、男性とは随分と仲が良さそうには見えますね。あのアサさんが、こんな短時間であそこまで気を許すというのも、そうそう信じられないですが」
というか、それこそ恋人か何かのように、二人っきりの世界に入っているかのようにも見える。互いに見つめ合って。互いの声しか耳に入っていないような。こんなにも人目に付く場所だというのに。
「そうね。私の目から見ても、ラーセッタだわ」
「ラーセッタ?」
聞いたことが無い単語に、白峰はアイリャに訊く。
「スラング的に使われる言葉よ。シルディーヌの言葉で、一緒に連れ込み宿を利用した仲っていう意味。要はそれくらいに仲がいい男女の様子っていうこと」
「今は、そういう生々しい話は聞きたくないです」
顔をしかめ、白峰は深く嘆息する。
ついさっきまで感じていた。満腹による幸福感は完全に消え失せていた。