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毒を食らわば皿まで

 時計を確認して、呆然とするアサの傍で、レイが軽く嘆息をする。

「ところで? 僕は身分を説明したわけだけれど。いい加減、君の方も名前くらい教えてくれてもいいんじゃないかな? そりゃあ、君にしてみれば、僕は単に通りすがっただけの男に過ぎないんだろうけどね」


「あ、いえ。そうね。ごめんなさい。失礼を重ねてしまっているけれど、私はあなたに感謝している。本当よ? 私の方こそ、名乗らないと後であなたにきちんとお礼をすることも出来ないわね」

「別に、そういうのを要求したくて言っているわけじゃないんだけどな。というか、それは気持ちは嬉しいけれど、多分難しいと思うし――」

「難しい?」


「ああいや。何でもない。こっちの話だよ。数日後には、しばらく王都を離れるから、君と再会するのは難しいだろうっていう話さ」

「あら。そうだったのね。それは、残念だわ」

 アサは本心からそう思った。アサとしても、仕事の都合で彼に会うのは難しいだろうが。今回、こうして助けて貰ったことには深く感謝しているし、そのことは改めて正式に礼を言いたかったのだが。


「それで、名前? 名前ね? ええと――」

 しばし、虚空を見上げてアサは考える。

「よ、よく思い出せないわね。確か、アーシャっていう名前だったような気がするんだけれど?」


 レイに顔を向け。半笑いを浮かべて、アサは彼に名乗った。

 だが、アサの視線の先では、レイは半眼を浮かべていた。

 その視線に抗しきれず、思わずアサは目を逸らす。


「君、嘘が下手だって言われないか?」

「何を根拠に?」

「そこまで棒読みで、かつ露骨に目を泳がせておいて何を言っているんだっ!?」

「嘘じゃないわ。仕事で物凄く疲れていて、お酒に逃げたら悪酔いしてこんな事になってしまったけれど。そのストレスで記憶を一部失ってしまっているようなの。お願い。私を信じて」

 哀れみを誘う口調で、アサは必死にレイに訴えかける。


「だから、あなたに迷惑を掛けてしまうけれど。もしよかったら、今日一日、私と一緒にいてくれないかしら?」

「ええと?」

 レイは額に手を当てて、唸る。


「――要するに、君は仕事はしたくないほど疲れているし、今日の仕事にも遅刻してしまってもうどうしようもない。だから、記憶喪失になったという話の口裏を合わせて欲しいっていうことかい? そうでもしないと、もはや取り返しが付かないから」

「そういうことよ。記憶喪失は、断じて嘘ではないけれど」

 レイの口から、苦笑が漏れた。


「分かった。そういうことにしておこう。もう、ここまで来るといっそ清々しいというか。素性は分からないけれど、君は素直で信用に足る人間だと判断した」

「それじゃあ。今日はこれから、王都を一緒に見て回って貰えるということかしら?」

「いいよ。僕も別に、今日は大した用があるわけでも無い。それに、こっちの方こそ、そういった理由でも無いと困るというか。ある意味では色々と都合がいいというか。そんな感じなんだよ」

 レイの態度に、アサは首を傾げる。


「何だか。あなたもはっきりしないわね。あなた、隠し事が下手とか言われない?」

「余計なお世話だよ。そして、君には関係の無い話だ」

「ふ~ん? まあ、いいけれど。悪いことを企んでいるようには見えないし、話したくない他人様の事情を無理に聞き出すつもりも、私には無いもの」

 正直、興味はあるが。


「まあ。でも、正直に言うと、その頼みは僕の方としても助かるよ。期待はしていなかったけれど、僕からもお礼として君に頼みたかった話だから」

「えっ!?」


 思わず、アサは頬が熱くなるのを感じた。

 この男、そういったものに自分を誘いたいという。まさか、そんな感情を抱いていたというのか?

 流石にアサも、こんな出会いが、結ばれるようなものに発展するとは考えていない。というか、家柄の問題からから考えてもあり得ない。

 しかし、年若い女としては、近い年頃の男性から好意を寄せられることには悪い気がしない。そういう物語を読んでは、登場人物達に自分を重ね、胸を高鳴らせることくらいはある。


「――レポートの提出が迫っている中。フィールドワークに王都を巡るつもりだったんだけれど。男一人では行きづらいところとかもあってね。同伴してくれる女の子がいると、本当に助かる。情けない話だけれど、頼めるような知り合いもいなくて困っていたんだ」

「ああ、そういう意味」


 レイの説明に、アサは直ぐに冷静さを取り戻した。と、同時に彼女は互いの利害関係が一致していることに安堵を覚える。

 自分も、彼には一緒にいて貰えるように頼んだものの、そういう意味は一切込めていなかったのだから。現実はそんなものだとも納得する。


「それじゃあ、アーシャ。今日はよろしく頼むよ」

「ええ、こっちこそよろしく。レイ」

 二人は互いに笑みを浮かべ、頷いた。

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