表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
253/279

二度とは戻れない夜

 こちらが、起きた気配に気付いたのだろう。

「気がついたか?」

 裸の背中を向けて、ベッドに腰掛けている男から、声を掛けられた。意外なほどに、落ち着いていて品のある口調だとアサは感じた。そこに、アサはほんの少しだけ安堵を覚える。

 深呼吸をして、アサは少しでも落ち着こうと試みる。気付いたときから、心臓はずっと痛い程に脈打っている。


「ここは、どこ? あなたは、誰? 私に、何をしたの?」

 男の背中を睨み付けながら。それでも、冷静さを失わず、臆したようには見られないように、アサははっきりとした口調で訊いた。


「それなんだけど。君、昨日の晩の事は覚えてる? 思い出せる限りでいいから、話して欲しいんだけれど。最初に断っておくけれど。僕は誓って、君に不埒な真似はしていない。もし君が、そういう経験が無いというのなら、医者に診て貰えば証明出来る」

 その言葉に、アサは半眼を浮かべる。

 起きた直後に確認したときは、上着は大きくはだけ、下着も捲れ上がっていた。


「着衣の乱れがあったんだけれど?」

「それは本当に知らない。君が、布団の中で暑くて勝手に脱いだんじゃないか? 僕は一切、見ていない」

 ややもすると、憮然とした声が男から返ってきた。


「そう。なら、昨日の晩だけれど。私は、仕事でストレス溜まっていて。宿の部屋でお酒飲んだのよね。そこまでは覚えているわ」

 うん。と、そこは間違いないとアサは頷く。


「そうか。僕が君を見付けたのは、真夜中の公園だ。ベンチに寄りかかって、寝ていた。君、夢遊病とか脱走癖のような心当たりある?」

「そんなもの無いわよ」

 脱走癖については、子供の頃は少々。のつもり。それも、黙っておくが。


「そうか。何にしても、お酒は控えた方がいいと思うよ。そんなわけで、酔い潰れた君を放っておく訳にもいかないと思いつつ。病院や警察を探そうとしたけど。どっちも見付からなかったんだ」

「そ、そういうことだったの? ごめんなさい。私も、まさかこんな事になるとは思わなくて。あなたには迷惑を掛けてしまったみたいね。助かったわ」

 見ず知らずの人間に、とんだ世話をして貰ったものだとアサは恐縮する。


「それじゃあ、どうしてあなたは裸なのかしら?」

「君を背負って運んでいる途中で悲劇的な出来事があってね? 途中で水道は見付けたから、脱いで洗ったんだよ。今は、あっちで乾かしている」

 それを聞いて、思わずアサは胃がせり上がるのを感じた。


「本当にそれは。何てお詫びしたらいいというか。本当にごめんなさい。出来る限りのお詫びはするわ」

 アサは項垂れ、心の底から男に詫びた。そう聞くと、男の背中はどこか、酷く疲れ切ったものを語っているように思えた。

「あの? それで? 最初の質問に戻るんだけれど。あなたが、私を介抱してくれたのは分かったわ。あなたの名前と、ここは?」


「ああ、うん。それなんだけど」

 口籠もる男の様子に、アサは小首を傾げる。


「まず、僕の名前はレイ。イシュトリニス大学の、ただの学生だよ」

「分かったわ。レイさんね」

「それで、この場所。何だけれど」


「何だけれど?」

「その? 本当に、これは他に適当な場所が見付からなくて、君がどこから来たのかも分からなくて。落ち着いて聞いてくれよ? さっきも言ったけれど、病院も警察も見付からなくて、仕方なくこうしたんだから――」

「ええ」

 きょろきょろと、アサは再び周囲を見渡す。


"連れ込み宿"


 その言葉を聞いた途端、アサは枕を引っ掴んでレイの後頭部へと投げつけ。

 振り向くことすら許さずに、そのまま彼を押し倒して馬乗りになり、何度も枕を叩き付けた。「だから、落ち着いて聞いてくれって言ったのに」という声は、アサの頭の中には入ってこなかった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ひとしきり、十分ほども枕で叩いた頃には、アサの頭も大分落ち着いてきた。枕を抱いて、ベッドの上に座り、レイを睨む程度には。

「気は済んだ?」

 その問い掛けに、アサは猫の如く威嚇を返す。


「まあ、元気になったようで何よりだよ」

 乾いた笑いを浮かべて、レイは肩を竦めた。

「正直なところを言うと、僕だって本当に不本意な選択だったんだ。いくら緊急事態で、おかしな真似はしていないと言っても、こんな所に、女性を連れ込んだなんて知られたら。本当にもう――」

 そう言って、レイは大きく溜息を吐いた。


「それは、こっちだって同じよ。あなたが、誠実な人であろう事は信じるけれど。でも、よりによって、こんなところに男の人と入ったなんて知られたら。私だって本当にマズいことになるのよ」

 と、そこで思い出す。


「あ、ちょっと待って? 今、何時なの? レイ? あなた、分かる?」

「あそこに、時計があるよ」

 レイが指さした先を見て、再びアサの表情が固まる。

 始業時間なんて、とっくに過ぎていた。

書いていて思ったけど。アサと佐上弥子の中身が入れ替わっている気がする。

アサ「そうよ! こういうのはサガミの役よ!?(激しく混乱中)」

佐上「なんやと。うちかてここまで非道くはないわ。訂正を要求する!」

月野「類は友を呼ぶという言葉を思い出しました」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ