白峯昴太の答え
アイリャに見詰められたまま、白峯はその場に立ち竦む。
何かを言わないといけないとは思うのだが、上手く言葉となって出てこない。
「私のこと、嫌い?」
少し不安げな表情を浮かべてくるアイリャに、白峯は直ぐに首を横に振った。
「そんな事無いです。自分は、今もそうですが、アイリャさんには本当に良くして貰っていると思います。とても優秀で、頼りになる。そんな外交官だと思います」
「じゃあ、私のことは好き?」
すかさず返ってきた次の質問に、白峯は再び答えに窮した。
とはいえ、選択肢が狭められてしまった以上は、答えることに対する抵抗は、幾ばくか下がった。
「そうですね。好きか嫌いかの二択で言えば、好きな人だと思います。アイリャさんのような若い女性の人に言うと、変な意味で受け止められないか心配になりますけど」
「変な意味って?」
「自分が、アイリャさんに対して友情以上の感情を持っているみたいな意味です。まあ、その辺は弁えているつもりですけどね」
そう言って、白峰は微苦笑を浮かべる。だから、安心して欲しいと。
しかし、アイリャは唇を尖らせた。
「私、そんなにも女として魅力無いのかしら?」
「いや、決してそういう意味では無いです。客観的に見て、アイリャさんは凄く美人で魅力的な人だと思いますよ?」
それこそ、下手をしたらテレビやネットに出てくるアイドルにも負けていない。むしろ、彼女らよりもずっと綺麗なくらいではないだろうか? 出来すぎた美人が持つような近寄りがたさの様なものも感じさせない。彼女のような人と付き合えるものなら、付き合ってみたいという男は、多いだろう。そう、白峰は思う。
「でも、白峯は弁えちゃっているのよねえ?」
「それはまあ、ここにはあくまでも仕事で来ているので。アイリャさんとしても、迷惑でしょう? サポート役として買って出てくれただけなのに、そういう感情を勝手に持たれても?」
「ううん? 私は白峯なら歓迎するわよ?」
花が咲いたような。そんな明るい笑顔をアイリャから返されて、白峯は面食らう。
「え? いや? どうして?」
「『どうして?』って? そんな事を訊いてくる方が、私としては意外よ。シラミネはいい人よ。そんな男に好かれて、悪い気になる女はいないわ。少なくとも、私はそうよ? 確かに、私は私自身の野心もあって、この仕事に立候補したわ。でも、それだけで成果が出せる仕事だとは思わない。私だって人間よ? シラミネが嫌な人だったら、きっとこんな真似はしていないでしょうね。私は、シラミネと仲良くなりたいから、こうしているのよ」
アイリャの言葉に、白峯は彼女から視線を逸らし、頬を掻いた。
ちょっとこれは、流石に直視出来そうになかった。
「すみません。そう言われると。自分も、アイリャさんとは仲良くなりたいとは思っているのですが。どこか、遠慮はしていたかも知れません」
「どうして?」
「一つ、前言撤回します」
視界の端で、アイリャが小首を傾げるのが見えた。
「さっきはああ言ったけれど。アイリャさんを意識していたからです。仕方ないでしょう? アイリャさんの様な美人が、距離間近すぎる感じで接してくるんですから。つい、身構えてしまいました」
そう、白状すると。
アイリャは口を押さえて、笑っていた。それは、白峯を嘲笑うようなものではなく、本当に嬉しそうな笑みだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから、白峰達は旧城公園と王室にまつわる史料館を見て回った。
こうして、二人で話をして歩いているうちに、アイリャとの距離間についても、大分慣れることが出来たように白峯は思えた。彼女が隣にいることに対して、抵抗感が薄れた。
アイリャと彼女の母親であるルウリィとの思い出話や、巡って回った各地の話を聞くのは、白峯にとってもとても興味深く、また面白いものだった。
日が落ちた頃に軽く夕食を食べ、そして二人は別れた。
宿に戻ると、白峯は数日前に比べて、格段に心が軽くなっているのを自覚した。
明日も休養を取らせて貰ってはいるが、それでもう完全に仕事には復帰出来るだろうと思った。明日アイリャに会ったら、そう伝えようと思う。
アサもアサで、外交宮の方で仕事をしているという話だが、これで元の仕事に戻れることだろう。彼女にも、会ったら詫びと礼を言っておこうと思う。
フロントに、戻ったことを伝える。
「お帰りなさいませ。シラミネ様。部屋の鍵をお渡し致します。それと、こちらが届いております」
「手紙ですか? ありがとうございます」
手紙を受け取り、白峯は差出人を確認する。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
早足で白峯は部屋へと戻り、手紙を開封した。
手紙には、イシュトリニスに来た頃の仕事の成果を喜んでいること。心身を気遣い、応援してくれていること。お土産について、ささやかな期待をしていること。そんな事が書いてあった。
そんな、ともすれば簡素なミィレからの手紙を白峯は繰り返し読む。
差出人の名前を見たときから、心が躍ったのだ。
「だから、自分はホームシックになっていたのだろうか?」
独り、呟く。
だから、アイリャに近付くことを無意識に避けていたのだろうか?
その答えは、否定するのはあまりにも難しいように白峯には思えた。