旧城公園にて
ミィレに約束していたお土産を購入して。白峰は他の人達に対しても、お土産になりそうなものが無いか少し見て回った。
王都近辺で有名な染め物のハンカチがあったので、白峰はそれらを適当に見繕った。案内してくれたお礼に、アイリャにも買って贈ったのだが、彼女は凄く喜んだ。
ちょっと、大袈裟に喜びすぎではなかろうか? と、白峰には思えたくらいである。
その後は、またアイリャに案内されて、乗合馬車に乗って移動した。途中で馬車を降りて、少し小高い丘を登る。
「結構賑わっていますね」
白峰が周囲を見渡すと、混雑というほどではないが、常に視界に誰かがいるという程度には人がいた。
「観光名所だからね。イシュトリニスに来た観光客なら、一回はここに来るんじゃないかしら?」
「アイリャさんも、ここには以前に来たことが?」
「こっちの方に来てから、一度だけね」
「お一人で?」
「そう。一人で、寂しくよ? だから、あのときはちょっと後悔したわ。でも、今日はシラミネと来ることが出来たから、雪辱は果たせたわ。付き合ってくれて、ありがとう。シラミネ」
「何の雪辱ですか」
ウィンクして笑ってくるアイリャに、白峰は苦笑を浮かべる。
「でも、確かに。賑わっているのと同時に、どこか落ち対が雰囲気があって、いいところだと思います。歴史を感じて」
旧城公園と呼ばれるこの場所は、かつては王宮の一部であった。数百年前にあった戦乱の時代が終わり、城壁や堀を必要とした区画は用を為さなくなり、本丸を残して徐々に解体と解放が進められた。
ここは、庭園があった区画であり、当時の建物こそほとんど残っていないが、生け垣や池はまだ残っていて、こうして訪れた人達の目を楽しませている。
「シラミネは、ここの歴史については知っているの?」
白峰は首肯する。
「ええ。まあ、少しは。アサさんが、ここに王宮があった頃に活躍した王子様の話が大好きで。その関係で色々と話を聞いています。今日ここに、自分達が来たことを知ったら、恨まれるかも知れませんね」
「あら。それじゃあ、これは私とシラミネの秘密にしないとダメね」
まったくだと白峰は同意する。
「でも、こうしてこういう場所を見て回っていると、学生時代に学校のみんなで旅行したときのことを思い出します。京都という日本の古都を見て回ったんですが。何となく、そこにある観光名所と同じ空気を感じます。不思議です。何故か、懐かしい気がする」
「不思議ね。そんなに、似ているの?」
白峰は首を横に振る。
「いいえ。全然。様式とかは、全く別物です。それでも、同じ何かを感じるんですよ。歴史に対する思いとか、美意識とか。きっと、そういうものだと思います」
「なら少しは、ここに親近感を感じてくれたかしら?」
アイリャの問いに、白峰はふと気付く。
「あ。ひょっとして、だからここに案内してくれたのですか?」
「まあね。イシュトリニスっていうのが、どういう所なのか一番その空気を感じられるのがここだって思ったから」
「なるほど。その見立ては、正しいと自分も思います」
実際、昨日よりもずっと、この土地を身近に感じることが出来る様になった。そんな風に白峰は思う。
「じゃあ、ひょっとしてここは、アイリャさんにとっても、故郷を感じさせるような場所だったりするんでしょうか? アイリャさんは、これまで心理性帰属障害のようなものを感じて、それを克服したとか、あるんですか?」
白峰の問いに、アイリャはしばし、虚空を見上げた。
「そう言われると、あまりそういうのは無いと思うわ。故郷って言われても、生まれて子供の頃に過ごしていた土地はあるけれど。父さんが亡くなってからは、母さんにくっついて、色々な国を転々としていたから。でも、おかげでその土地に馴染むコツみたいなものは身についているのかも知れないわね。母さんからも、色々と聞いていたもの」
「え? お父さんは、亡くなっていたんですか? 無神経なことを聞いていたら、すみません。ルウリィさんからも、そういう話はこれまで聞いたことが無かったので」
「別に気にしなくていいわよ。子供の頃の話だもの。とっくに、心の整理は付いているわ。それに、本当に聞かせたくない話なら、私も話さないわよ」
しかし、明るい口調でそうは言われても、白峰は気まずさを覚えた。
「そんな顔しないでシラミネ。シラミネがそんな顔していると、私の方が困っちゃうじゃない」
「すみません」
こういう所、自分でも上手く立ち回るのは苦手なままだと白峯は思う。一方で、アイリャは愉快そうに笑うが。
「それじゃあ、私からもシラミネに一つ訊かせて貰ってもいいかしら?」
「はい? ええそれは、なんなりと」
小首を傾げる白峰に対して、アイリャは真面目な表情を浮かべ、真っ直ぐに見詰めてきた。
「え?」
これが、組み手か何かだったら確実に負けている。と、何だか場違いな考えが、白峯の頭に浮かんだ。
滑らかにアイリャは一歩を踏み出し、白峯の懐へと入り込んできていた。
呆然とする白峯の右手に対し、アイリャは両手でその白い指を絡め、掴んでくる。
気付けば、彼女の顔は、吐息が届きそうなほどに近かった。
「シラミネは、私のことをどう思う?」
蠱惑的な笑みを浮かべながら、アイリャが訊いてくる。
白峯は、大きく心臓が跳ね上がるのを自覚した。抑え付けていた感情の蓋を無理矢理引きはがされるような。そんな痛みを彼は感じた。