お土産購入
待ち合わせの時間となり、白峰は出迎えに来てくれたアイリャと共に、宿を出た。
ちなみに、白峰は灰色の長髪で耳が隠れるウィッグを着けて、サングラスを掛けている。これらは、アイリャが用意してくれたものだ。
あまりにもベタな変装だとは思うが、それでも、野次馬に囲まれるリスクを少しでも下げられるなら、悪くないとも思った。地球人特有の丸い耳は、こちらの世界ではかなり目立つはずだ。
それに、事情が事情なので、無闇に絡まないという話を一般市民に広めることも出来ていない。
宿を出て10分程度。都の中心で、人通りの多い場所ではあるが。差し当たって、そこまでの違和感を周囲に与えていないのか、幸いにしてバレている気配は感じていない。
「何というか。アイリャさんは凄いですね」
「何が?」
小首を傾げるアイリャに、白峰は頬を掻きながら答える。
「この変装ですよ。日本人がこういう、黒以外のカツラを着けると、如何にも創作物の登場人物を下手な物真似しましたっていう仕上がりになってしまうことが多いんですけれど。ウィッグを着けてから、髪をカットして整えて。メイクもしてもらったら、ものの見事にこちらの世界の人達っぽく仕上がっているなあと思って」
白峰の感心した様子に、アイリャは自慢げに頷く。
「シルディーヌ女性のメイクとカットの技術を甘く見てはいけないわよ? どんな女も、男も必ず輝くことが出来る。それが、シルディーヌ人の信条。だから、己を如何に輝かせるかを切磋琢磨し合うシルディーヌ女性にしてみれば、これぐらいは当たり前の事よ」
「なるほど。噂では、日本でもシルディーヌから来た人の美容解説が注目を集めているとか聞いた覚えがあります。納得ですね」
変装が自然になっている理由としては、他にもカツラの素材による違いもあるかも知れない。日本で手に入る、カラフルなウィッグの場合、どうしても作り物っぽさが出てしまうが。白峰が着けているウィッグは、如何にもその色の髪にしか見えない。このあたりは、様々な髪色を持つこちらの世界の人達に向けた商品としての、研究や経験の蓄積の差だろう。
聞いた限り、本物の人毛でもないそうなのだが。
「ところで、シラミネが行ってみたいところって、どこかしら?」
「はい。セリテル陶を扱っているお店があれば、見て見たいです。そんなに大きなものじゃなくて、小物の類いの。ルテシア市でお世話になっている人への、お土産に」
「なるほどね。いいわ、分かった。案内する。ちなみに、どの程度のものを見たいのかしら? 露天で売っているような安物から、結構いい値段がする高級ブランドまで、色々あるけれど」
白峰は顎に手を当てて、少し考える。
「そうですねえ。如何にも安物っていうのも、流石に失礼だと思うし。けれど、下手に高いものを送って、相手を萎縮させてしまいたくもないと思います。庶民向けで、身に付けるものとかそういうのを扱っているお店をご存じなら、教えて欲しいです」
「分かった。それなら、庶民向けのいいお店を聞いたことがあるから、そこに行ってみましょう。それで、いいかしら?」
「はい。よろしくお願いします」
本当に、頼りになる人だなと、改めて白峰はアイリャに感心した。
こういうところは、ミィレにも似ているように思えた。ミィレもまた、ルテシア市やその近郊のことをよく知っていて、良く気が利いて、本当に助けられていたと思う。
「ちなみに、そのお店って。ここから歩いて行ける距離でしょうか? あまり遠くないというのなら、この街を歩きながら行きたいです。なるべく、ここの空気というか、そういうのを肌に感じたいという思いがあるので」
「そう? 歩いて行けない距離ではないと思うけれど。でも、今のシラミネにとってその方がよさそうっていうのは、私も賛成。途中で疲れたら言って頂戴。そのときは、乗合馬車を利用しましょ」
「そうですね。それでいいと思います」
道の広さの違い。人混みの密度の違い。そして、並ぶ店の煌びやかさの違い。そういった違いは、この王都はルテシア市から見て都会的な白峰に感じさせた。
そんな違いを味わい深く眺めながら、白峰はアイリャと共に王都を散策した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
宿から30分ほど歩いた先に、その店はあった。
店の構えや客層から見るに、確かに白峰が希望していた通りの店のように思えた。お客が、明らかに身なりのいい上流階級然とした人間で偏ってはいないし、壮年の他に若者も混じっているあたり、そういった人間にも手が出せる価格帯であることを伺わせる。
かといって、如何にもな量販店のような賑わい方をしている訳でもなく、それなりの敷居の高さは感じられた。
「どうかしら?」
「いいですね。いいと思います。期待していた通りです」
白峰が答えると、アイリャは安堵したように頷いた。
「しかし、思っていたよりも、本当に色々なものが作られているんですね」
軽く店内を眺めながら、白峰は感心する。セリテル陶の玉を繋いで作った首飾り、指輪、耳飾り、ブローチなど。様々な種類の装飾品が置かれている。
「何か、気に入ったものはあるかしら?」
訊いてくるアイリャに、白峰は苦笑を浮かべた。
「どれもいいと思うので。困ってます。そこまで、色気が無い方が、お土産としてはいいかなって思うんですが」
特に、指輪なんかは。これをミィレに渡す想像をしてしまうと、変に意識してしまいそうな気がした。
「こういうのじゃなくて、もっと日常的な感じがするものって、何か――」
と、呟きながらあるいていると。白峰の視線が止まった。
「ボタン?」
「それのこと? 飾りボタンね。襟や袖。それから、ネクタイとかに着ける装飾品になるわ」
「これは、送った相手が男性か女性かによって問題はありますか?」
「気になるなら、店員に確認した方がいいと思うけれど。このデザインなら、多分男女どちらでも問題無いと思うわ」
アイリャの答えを聞きながら、白峰は値段を確認した。決して安いとは言えないが、渡して萎縮させてしまうほどには高額でもない。
落ち着いた輝きを見せるセリテル陶のボタンから、白峰は目が離せなかった。