欠けた心
投稿遅れて済みませんでした。
プライベートで色々と忙殺されていたこと。そして、ソルの恋の方で挿絵を作ろうとAIイラスト色々とやっていたら、なかなか執筆時間が取れませんでした。
少しずつ、ペースを取り戻していきたいと思います。
その晩。宿の一室。暗闇の中で、ベッドの上に横たわったまま、白峰は額に手を当てて大きく溜息を吐いた。
「参ったなあ」
苦しげに呻く。
王都に着て、早いものでもう半月が過ぎようとしている。毎日が忙しく、一つ一つの懇談や視察にプレッシャーを覚えつつも、いずれも手応えと達成感を覚える日々だ。
にもかかわらず、ここ数日は食欲が減り、睡眠も浅くなりつつある様に感じる。
そして、とうとう今日は一睡も出来なくなってしまった。
アサ達に教えて貰っていた方法も含めて、不眠解消の方法は既に試している。しかし、それでもまるで効果が無い。目を瞑ろうが深呼吸しようが、冴えきった頭がまるで落ち着こうとしない。
次から次へと、日中に行った仕事の情報が目まぐるしく脳内に溢れかえり、オーバーヒートを起こした頭は痛みすら訴えかけてくる。
白峰は舌打ちした。
今回の王都訪問が、どれだけ重要な仕事かは良く理解しているつもりだ。それなのに、こんな体たらくでまともに仕事が出来るものかと思う。
時居からは、その当たりの心構えも、仕事の取り組み方も叩き込まれたし、その成果は出せていると思っていた。しかし、それが明日はどうなるか分かったものではない。
どうすればいい?
白峰は焦り、恐怖を覚えた。こういう場合どうすればいいのかは、時居からは教わっていない。
じゃあ、月野なら?
ふと、白峰の頭に月野の顔が思い浮かんだ。
ルテシアを出立する前に、あの人は一本のメールを送ってくれていた。月野も出張で日本中を飛び回っていて顔を合わせていないせいか、それが随分と懐かしい出来事のように思えた。
白峰はベッドから抜け出し、トランクケースへと向かう。ほぼ役に立たないと分かっていつつも、持ってきたスマホを取り出した。
スマホを起動して、月野から送られていたメールを見る。
"明日からは、白峰君は王都の訪問ですね。重々承知の上とは思いますが、今回の訪問は外交上重要な意味を持ちます。頑張って下さい。私も期待しています。"
"一方で、現地で何か困った事態というものが起きることはあるかも知れません。それもまた、仕事の常です。"
"そういうときは、まず現状を冷静に整理し、受け止めて下さい。それが、どんなに辛く苦しい現実だったとしてもです。"
"次に、その問題が自分一人で解決可能なものか否かを判断して下さい。また、その判断に精神的な力は根拠としないように。"
"具体的な解決策が思い浮かび、勝算があるなら、迷わず実行して下さい。白峰君なら大丈夫です。望んだ結果が得られなかったとしても、事態の中では最善の結果のはずです。"
"勝算が無い。あるいは不安を覚えるなら、決して無理はしないで下さい。それは、より最悪な事態を招きかねません。それこそが、私達が最も望まない展開です。"
"引き際は、誤らないで下さい。まだ行けるはもう危ないという言葉もあります。"
"世の中、適切に引けば、立て直しが利くことがほとんどです。気負わずに、やれる限りの仕事をして下さい。"
スマホの盤面に映し出されたそのメールは、これもまた何て事のない仕事の心構えの内容だ。
しかし、それを見て白峰は表情を歪めた。
目から静かに、涙が流れ落ちる。
「あれ? おかしいな? 何でだよ? これ、月野さんがいつも言っていた通りだろ? それなのにどうして、こんな――」
今日に限って、訳も分からず涙を流しているのか? 自分の感情がどうなっているのか、理解出来ない。
ただ、こんな自分の反応はおかしいということだけは、白峰は自覚した。
眠れないこと。そして、それは今、自分一人の力だけでどうしようもないこと。今のままで仕事をして、それが成果に結びつくかどうか危うい状況であることは、認めるしか無いと白峰は判断する。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌朝。集合場所に着いて、白峰はアイリャに相談することにした。
「――体調が優れない?」
白峰は頷く。
「はい。多分ですが、最近の仕事が、気付かないうちに自分の中で溜め込まれていると思います。精神的に参っているのか、食欲は落ち気味な上に、眠りも浅いです。昨晩も、ほとんど眠れませんでした」
「大丈夫? と言いたいところだけど。シラミネがわざわざそう言ってくるっていうことは、このままでは仕事に支障をきたす恐れがあるという意味かしら?」
「その通りです。幸い、昨晩は数時間は休めたようなので、まだ今日一日くらいは何とかなると思いますが。それ以上は、ご挨拶に伺う相手にも失礼なことになりかねないかと思います。突然で済みません。スケジュール調整について、相談出来ないでしょうか?」
休めたのは、月野からのメールを見てからだ。ほんの少しだけ、何か楽になった気がした。
白峰の訴えに、アイリャは顔を曇らせた。
「いいえ。私の方こそごめんなさい。確かに、あなたの食が落ちていたような気はしていたの。それに、顔色も良くないわ。私こそ、シラミネを気遣わなければいけない立場だったというのに。無理をさせてしまっていたのね」
肩を落として落ち込むアイリャに、白峰は笑みを浮かべた。
「気にしないで下さい。自分の方こそ、無理している自覚が無かったくらいなので」
そんなものをどうして他人が気付けるというのだろうか。
「そう言って貰えると、助かるわ。分かった。スケジュールについては、私に任せて頂戴」
アイリャの返事に、白峰は目を丸くする。
「任せるって。何とかなるんですか?」
白峰としては、完全にダメ元で言っているつもりなのだが。
「大丈夫よ。このアイリャ=ミルクリウス。そこはちゃんと、前もって調整が利くように考えているのよ?」
不敵に笑うアイリャを見て。白峰は頼もしさと。そして何故か、油断ならない何かを感じた気がした。