ご引見 -イシュトリニス-
王都イシュトリニスに到着した翌日。
白峰はアサ達と共に、王宮へと登城した。近習に謁見の間へと案内される。
謁見の間に入ると、白峰は驚きを隠しきれなかった。アサの屋敷で、初めて通された部屋もそうだが。一面の壁に、彩り豊かなモザイクが施されていた。瞬く星々の中にいるような、そんな感覚を覚える。
微笑む近習の顔に気付いて、慌てて白峰は我に返る。
再び歩みを再開し、白峰は王と王妃の前に立つ。そして、他の人達に倣って腰を落とし、跪いた。上座の席に座る両陛下を見上げる。
『あなたが、シラミネ=コウタさんですね。遠いニホンの地からはるばるこのイシュトリニスまで、よくぞ来られた。歓迎致します。あなたと会うのを楽しみに待っていました』
イシュテン国王からの言葉に、白峰は再び驚かされた。彼の言葉は、紛うこと無く日本語によるものだった。
「お初にお目に掛かります。この度は、国王陛下、妃陛下にお目通りが叶い。光栄に存じ上げます。先ほどの日本語によるご挨拶、痛み入ります」
イシュテン王は鷹揚に頷いた。
『我が国の娘、アサ=キィリンがそなた達の天皇と皇后に会った際、皇后から我が国の言葉で語りかけられたと聞いています。私は、嬉しく思いました。敬意には敬意を以て返したいと思いました』
その言葉に、白峰は深く感じ入った。事前にアサの両親から聞いていた通り、慈悲深い王であると思った。また、王がこのような人物だからこそ、下々の人間も王室を慕い、倣うのだろう。
『とはいえ、私も王妃も、まだそこまでニホンの言葉を学べているかというと、自信は無い。すまないが、ここからは我が国の言葉で話をさせて貰いたい。許されよ』
「無論です」
白峰は深く頷いた。
それを見て、王は軽く咳払いをする。
「では改めて。シラミネ=コウタ。そなたの昨日の記者会見については、私達も聞いています。お若いが、しっかりとした考えを持ち、堂々とした受け答えだったと感心しました」
「光栄にございます」
アサからは、天皇と皇后からお言葉を頂いたときは、本当に嬉しく思ったものだと聞いたが。その気持ちは、今になって白峰にもよく分かる気がした。その言葉の一つ一つが、本当に嬉しい。
「先ほど、国王は日本語で語りかけましたが、それには『敬意には敬意を以て返す』という理由の他にも理由があります」
王妃が言った。
「その理由をお聞かせ願えないでしょうか?」
「ええ、勿論です。それは、あなたが『互いを理解することが重要』だと言ったからです。それは、私達も同じ考えです。私達の世界は、神代遺跡の目覚めという奇蹟によって繋がりました。それが、世界同士の衝突に繋がるとしたら、それはあまりにも悲しいことであり、不幸なことでしょう。そのような未来は、私達の望みではありません。私達は、あなた達の世界を理解したい。そして、明るい未来を共に歩みたいと願っています。だから、少し大袈裟かも知れませんが。私達も、あなたの国の言葉を覚えることで、あなたの国のことを少しずつでも理解していきたい。その思いを伝えたかったのです」
「私達の事を理解しようとして下さり、大変嬉しく思います。自分も、より一層、この国とこの世界のことを理解し、伝えていこうと思います」
「よろしくお願いします。頼りにしていますよ。頑張って下さい」
「はい」
白峰は強く心に誓う。
「そして、そこにいる娘。そなたが、アサ=ユグレイとアサ=キリユの娘。アサ=キィリンだね」
「はい。左様にございます」
王からの問いに、アサは恭しく頷いて答える。
「昨春からの、ニホンやあちらの世界の各国との交流。まだ年若い身でありながら、重責を果たしてくれたこと。両親からも伝え聞いているかも知れないが、改めて言わせて貰おう。大義であった」
「恐悦至極にございます」
アサのその声は、本当に嬉しそうに、白峰には聞こえた。
「シラミネ。アサ。そなた達の話を聞かせてはくれないか。聞きたいことが、沢山あるのだ」
白峰もアサも「喜んで」と返答した。
それからの謁見の時間は、寸暇が惜しいほどに掛け替えのない時間で。白峰にとって、魂に刻まれる時間だった。




