アサ家との夕食
数時間にわたる記者会見を終え、白峰はアサと彼女の両親。そして、アイリャらと共にホテルへと向かった。
そのまま、彼らと夕食を一緒にする。これは、まずは見知った相手やその知人らと交流を深めることで、より訪問に馴染みやすいようにという配慮だと白峰は理解している。
彼らの前には、多様な料理が小皿で並べられた。どの料理も、一口食べれば終わりだろう。これに、白峰は少し疑問に思う。
「少し、お聞かせ願えないでしょうか。こちらは何か特別な趣向があるのでしょうか? アサさんのお屋敷に招かれたときも、ルテシアで生活をしていたときも、このような出し方で料理が出てきた覚えはありません。何故、大皿に乗った料理のようなものは無いのでしょうか?」
皿にはルテシアで食べ慣れたものも多いが、見たことが無い料理も多い。
「よく気がつくね。流石だ」
白峰の質問に、アサ=ユグレイは満足げに頷く。
「これから、君はこちらの各国の外交関係者達とも一緒に、こうして食事をするだろうが、それも概ね、こうなるはずだよ」
アサ=ユグレイの言葉に、白峰は閃くものがあった。
「なるほど。ということは、これは、料理においてなるべく多くのことを自分に伝えようという。そういう意図があるということなのですね?」
「うん。その通りだよ。今日は、イシュテンの代表的な料理を用意させて貰った。材料の都合上、どうしてもこの王都に近いところのものが中心にはなってしまったが。ルテシアから遠く離れた地方の料理もあるんだ。例えば、この干物になっている魚は、ルテシアから王都を挟んで反対側にあるカナンという街の特産品だよ」
「そうだったのですか。では、どの料理もよく覚えておかないといけませんね」
この訪問では、ありとあらゆる経験が、持って帰るべき情報となる。いずれも、たった一口の料理だが、それ故に一口一口が気を抜けないと白峰は思った。
「ところで、お体の方はもう大丈夫? 酷い風邪を患ったって報告で聞いていて、私達も心配だったのだけれど」
アサ=キリユの問いに、白峰ははにかんだ。
「そうでしたか。その節は、ご心配をお掛けしました。お気遣い頂き、ありがとうございます。幸いにして、お医者様とミィレさんのおかげで、助かりました。その後も、特に後遺症は無く、今ではすっかり健康体です」
「本当に、あの時は大変だったのよ。皆暗い顔していて。ミィレも軽く風邪を引いていたせいで、あの子は自分がシラミネに風邪をうつしたんじゃないかって。見ていられなかったんだから」
「あの後も、何度も気にしなくていいって言ったんですけどね」
白峰は苦笑する。どうしても、あれからしばらくはミィレの態度はよそよそしく遠慮しがちなものになっていた。
「シラミネ。縁起でもないけれど。もしまた、ここにいる間に体調が悪くなったと思ったら、遠慮なく言って頂戴。今度は私が、そのミィレって子に代わってあなたを看病するし、出来るだけの手は尽くすわよ」
「ありがとうございます。アイリャさん。なるべく、ご厄介にならないように気を付けますが。もし、そういうときがあったら、頼みます」
「ええ、頼りにして頂戴」
そう言って、アイリャは大きく頷いた。
「ただ、あの一件以来。これが今回の訪問の目的の一つではあると承知していますが。双方の世界に跨がった、医療体制の連携強化は大きな課題だと思いました。今は、簡単な輸血なら出来ますし。幸いにしてこちらの世界から日本に来られている人達も、大病を患う人は出ていません。医学書なども互いに送り合っていて、情報の共有も進められてはいますが、実践出来る経験を持ったお医者さんというのは、まだいません。そして、交流が拡大するということは、これから互いの世界に行く人達が増えて、またゲートから遠く離れた場所で生活する人達が増えるということでもあります」
「そうだね。そして、そういう人達が病気や怪我をしたとき、適切に診断、治療が出来るようにならないと困る訳だ」
「だから、今度は医者の交換留学をして、体制を作り、継続的に人材を増やしていこう。そういう話よね」
「そうなります」
「シラミネは知ってる? あなたを診たヤコン先生だけど、あの人もあれから、あっちの世界の医学について強く興味を持ったみたいよ。もし、本人にその気があればだけれど、体制が整ったら留学生の一人に誘ってもいいかも知れないわね」
「そうですね。ヤコン先生なら、自分も心強いと思います」
アサの提案に、白峰は賛同する。
多分に私情が入っていると言われるかも知れないが、本人がその気であれば、世話になったこともあって、その夢を後押ししたいと白峰は思う。
「ところで。そういえば、自分からアサさん達に一つ教えて頂きたいのですが」
「うん? 何かな?」
アサ=ユグレイに対して、白峰は小さく頷いて続ける。
「明日、自分はこの国の国王様に謁見させて頂く予定となっています。あなた達から見て、この国の国王様とは、どのようなお方でしょうか?」
「何? シラミネ? あなた、緊張しているの?」
薄く笑うアサに、白峰は軽く頬を掻きながら肯定する。
「そうだね。緊張するのは、無理もないと僕も思うよ。僕も、何度か仕事で拝謁したことはあるが、それでも緊張するくらいだ」
「お父様も?」
「そうだよ。いや、仕方ないだろう?」
「まあ、そうかも知れないけれど」
アサにしてみれば、父は高級外交官として多くの経験を持った人間だ。そんな彼でも緊張するというのは、彼女にしてみれば意外だったようだ。
「でも、気負わなくていいと言っても無理かも知れないけれど。少なくとも、恐がらなくてもいいよ。あの方は、とても慈悲深いお方だ。ゲートが繋がった頃、僕達も首相と一緒に参内したけれど。キィリンのことをとても気に懸けて、その働きを高く評価し、また労うように言って下さった。そんなお人だよ」
「そうなんですね。流石は、この国の国王様だと思います」
アサ=ユグレイの言葉を聞いて、白峰は拝謁を楽しみに思う気持ちが、強くなったのを自覚した。
「緊張して眠れないと思ったら、素直に私が言っていた方法を試すといいわよ? 私、前に言ったでしょ? 私が天皇陛下に拝謁するとき、そうしたって」
「そうですね。そうします」
体は疲れているのを自覚しているが、新鮮な出来事の連続で頭が興奮しているのもまた、白峰は自覚している。
こういう場合、眠れなくなることは多い。むしろ、眠れないものと思って、最初からアサからきいた方法を試した方がいいように白峰は思った。
「もし、それでも無理そうなら、私が子守歌を歌ってあげましょうか?」
「いやいや。それは流石に――」
アイリャの申し出に白峰は苦笑を浮かべて辞退する。シルディーヌ人らしい冗談だとは思うが、国際ジョークのステレオタイプ通り、ぐいぐい来るなあと思った。




