王都到着
ルテシアを出立した翌日。
白峰とアサを乗せた飛行機は王都イシュトリニスへと到着した。
「これはまた、盛大ですね」
「ねえ」
予想はしていたが、昨日に立ち寄った飛行場に続いて、ここでも多くの人々が集まっていたことに白峰とアサは戦く。
「クムハさん。この飛行場って、いつもはこんなに人いたりするのでしょうか?」
白峰はパイロットのクムハに訊いてみた。
「そんな訳ないでしょう。たまに、見送りの人が来るくらいです」
「ですよねえ」
遠くには、ところどころ、歓迎の言葉を書いた横断幕を持っている人達もいる。その事に、白峰は気恥ずかしさを覚えつつ、素直に喜んだ。
少し離れた建物の中から人影が現れ、彼らが乗る飛行機へ向かってくる。
「お父様。そしてお母様だわ」
そう言ってくるアサの声には、どことなく嬉しさが滲んでいるように白峰は感じた。ただ、彼女の両親以外に、もう一人若い女性が向かってきているのが、白峰には気になった。
彼らは整備員と一緒に飛行機の傍までやってきた。整備員が脚立を飛行機に取り付けたのを見て、白峰とアサは順に飛行機から降り立つ。
アサの両親については、写真で確認している。間違いが無いことを脳裏で確認し、白峰はにこやかな笑みを浮かべ、彼らに頭を下げた。
「初めまして。日本外務省所属の白峰晃太と申します。お出迎え、感謝致します」
アサの両親達も、上機嫌に頷いた。
「こちらこそ、ご丁寧な挨拶痛み入ります。イシュテン外交宮のアサ=ユグレイと申します。隣にいるのは妻のアサ=キリユです」
アサ=ユグレイの紹介に続いて、アサ=キリユも静かに頭を下げてくる。白峰もまた、彼女に頭を下げた。
「常々、娘が世話になっていると聞いています。イシュテン外交宮の一員としてだけではなく、この子の親としても、友好的なお付き合いをしてくれていることに深く感謝しています」
「いえ、それはお互い様です。こちらの方こそ、アサさんにはお世話になっております」
それは、白峰にとっても嘘偽りの無い本音だ。だからこそ、自然と実感を込めて伝えられる。
「それにしても、随分とイシュテン語がお上手ね。お世辞じゃなく、とても自然に聞こえるわ。確か、ミィレから教わっているって聞いたけれど」
そう言ってくるアサ=キリユに対し、白峰ははにかむ。
「はい。ミィレさんにも大変お世話になっています。あの人が丁寧に教えてくれたからこそ、自分はこうして話すことが出来る様になったと考えています」
「そうなのね。ミィレも、私達にとっては娘みたいな子なの。これからも、あの子と仲良くしてくれると嬉しいわ」
「はい。こちらこそ、喜んで」
これもまた、白峰にとっては嘘偽りの無い本音だった。
「ごめんなさい。私からも、自己紹介いいかしら?」
「ああ。勿論です。こちらこそすまない。思わず、話し込んでしまった」
アサの両親の他にもう一人。アサ=キリユの隣に立っていた若い娘が、進み出てくる。彼女にユグレイは謝罪した。
着ている服装から、彼女も外交関係者なのだろうかと、白峰は推測していたが。しかし、どことなく見覚えもあるような気がしている。
「初めまして。シラミネ=コウタさん。アサ=キィリンさん。私はシルディーヌ外務省所属のアイリャ=ミルクリウスです。母のルウリィが、いつもお世話になっています」
「アイリャさん? って、ああ」
頭の中で辻褄が合って、思わず白峰は声を上げた。
「どうかしたの? シラミネ?」
訊いてくるアサに、白峰は向き直った。
「はい。実は、出立する前に、ルウリィさんから何か、仄めかされていたんですよ。『王都に着いたら、よろしくお願い』とか何とか。何のことか分からず、訊いてもはっきりとは答えてくれませんでしたが」
見覚えがある気がしたのも、白峰は納得した。彼女はルウリィの面影をどことなく感じさせてくる。娘なのだから、当然か。
「ああ、そういえば確かに、初めてルウリィと会ったとき、娘が外交機関で働いているって聞いたわ。まさか、イシュテンに来ているとは思わなかったけれど」
「ええ。これって、運命的よね」
にんまりと、色気を伴った笑みをアイリャは浮かべる。それもまた、彼女がルウリィの娘であることを白峰に感じさせた。
「シラミネ。そして、キィリン。君達がイシュトリニスにいる間のスケジュールは頭に入っているとは思うけれど、慣れない土地で、それも多くのイベントが入っている。そのすべてを常に把握するのは大変だ。だから、そこは彼女が秘書役として申し出てくれた」
アサ=ユグレイの説明に、アサは小首を傾げる。
「お父様?」
「これは、我が国だけの外交の話ではない。この世界のすべての国々が協力して取り組んでいる話だよ。キィリン。だから、彼女にお願いしている。年齢が近く親しみやすいだろうからというのもあるけどね」
なるほど。と、アサは頷いた。
白峰も納得する。これが、イシュテンだけの外交だというのであれば、白峰やアサの傍でサポートする役もイシュテン外交宮から出すのが普通だ。それが、シルディーヌという異なる国の外交官が担当する事になった理由は、イシュテンにとって抜け駆けをする意思は無いという表明に他ならない。
「分かりました。アイリャさん。ご迷惑をお掛けすることもあるかも知れませんが、これからよろしくお願いします」
「ええ。私とも、仲良くしてくれると嬉しいわ。シラミネ=コウタ」
そう言って、気さくにアイリャは白峰の手を握ってきた。