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異世界空の旅

 飛行機の中から地上を見下ろして。異世界の光景は、やはり日本とは趣が違うと、改めて白峰は思った。

 研修で海外にも行っていたことがあるが、山の形。川の流れ方。岩の種類。植生。そういったものが、国が変わると異なっていることに気付く。


 イシュテンを空から眺めると、ほぼ平原が続いていた。まだ薄く雪が残っていて、きらきらと輝いている。クムハが言うには、このあたりだと夏は赤い花が咲いて、今度は一面が赤に染まるのだそうだ。

 そんな平原に、ところどころ、ポツポツと巨木がそびえ立っている。昔の人間は、平原を移動する場合は、この木を目印に次に向かう方向を確認していたと聞く。


 狭い通路を挟んで隣の席に座るアサもまた、飛行機から外を見るという経験に興奮しているのか。窓から全く目を離そうとはしなかった。

 気持ちは良く分かると、白峰は胸中で頷く。自分も、初めて飛行機に乗ったときはそうだった。


 アサは、何度か写真も撮っていた。この世界では、ほぼ飛行士の特権のような光景だ。それがどんなものなのか、彼女は両親や知人にも見せたいのだろう。そう、白峰は思う。

 白峰もまた、カメラを取り出した。アサと同じように、この出張の記録は、なるべく残しておくことにしようと思った。


「ねえクムハ? 前にも聞いた質問かも知れないけれど。改めて、ずっと同じ光景が続いているって思うんだけれど。あなたはこういう風に空を飛んでいて迷ったりしないの?」

 アサが操縦席に座るクムハに訊いた。

「ええ。大丈夫ですよ。訓練していますから。それに、何度も飛んでいますからね。地図は頭に入っていますし」


「そんな事言われても、何がどうして分かるのかが分からないわよ。どういう理屈なの?」

「んー? そうですねえ。自分がだいたいどれくらいの速さで移動しているのかというのを感覚として叩き込まれるんですよ。この飛行機では計器を使っているので、より確かに分かるんですけど。他には風がどれくらいあるのかを体で感じ取って、どれくらい流されるのかとか。そういったところから、地図上で今どこをどんな速さで移動しているのかというのを頭の中で常にイメージしているんです。だから、今の位置がどのあたりなのかは分かります」


「それで、次の滑走路の位置とか。こんなの、地図上のほとんど点を探すようなものじゃないの」

「それはそうなんですけど。慣れれば分かるものですよ」

「それも、前にも聞いた気がするけど。こうやって、空を飛ぶとますます理解出来ない気がするわ」

 アサは感嘆の声を上げた。


「まあ、実際? 私達のこういう位置把握能力って高いみたいなんですよね。あちらの世界の人達だと、昔は私達のように色々と計算して位置を割り出していたそうなんですが。今はもう、ほとんど機械に任せてしまっているらしくて。訓練はするようですけど」

「じゃあ。こういう飛行機がもっと造られて、それが主流になってしまったら。クムハのような技術を持った飛空挺乗りも減っていくっていうことなのかしら?」


「かも知れませんね。実際、この飛行機では風を感じることは出来ませんが。その分、乗り心地は快適です。冬の空って、本当に寒いんですよ?」

「それは、想像することしか出来ないけれど。そうなんでしょうね」

「そうです。それに、感覚ではなく計器に頼ることが出来るっていうのは、やっていて、それも安心感があるんですよ。将来的に、こっちが主流になるっていうのなら、その方がいいと思います」


「そうなの? それは、クムハ達が一生懸命身に付けた技術が、廃れて取って代わるっていう意味だとも思うけれど。寂しいとかは思わないのかしら?」

 今度のアサの問い掛けに対しては、クムハは少し押し黙った。


「そういう気持ちが。全く無いって言ったら嘘になります。後輩達にも、私達と同じ技術を身に付けていて欲しいって。でも、やっぱりこうも思うんですよ。異世界を見ている限り、私達の身に付けた技術は、完全には機械頼りにはならない。それ故に、生き残り続けるって。それで、充分です。それよりも、やっぱり後輩達がより安全に空を飛べるようになる事の方が、大事なことだと思うので」

 そう言うクムハの声には、揺るぎが無かった。

 そんな、彼女らの会話を横で聞きながら、白峰はクムハのプロフェッショナルとしての思いを感じた。


「とか言っていますが、だいたいあと15分くらいで次の滑走路に着きますよ」

「え? もう? 次の街ってあれよね? ルンテイでしょ?」

「そうですよ。いやあ。この飛行機、やっぱり速いですね。飛空挺だとほぼ丸一日飛び続けて、それで王都まで三日くらいですけど。この分なら、予定通り明日の朝にはイシュトリニスに到着出来そうです」


「本当に? いえ、確かに予定ではそうなっているし、私も分かってはいるんだけど。全然、実感が湧かないわね」

 白峰も、今となってはイシュテンの地図や主要な都市の名前は頭に入っている。ルンテイはルテシアから平原を挟んだ向かい側にある都市だ。ルテシアからイシュトリニスまでの経路で考えると、2時間くらいで、約20%程度を飛んだことになる。


 地球上で暮らし、飛行機や新幹線を使っていると、そこまで遠い距離でもないとは白峰は思うが。そういったものが無ければ、やはり相当に遠い場所という事になるのだろう。

 というか、確かに飛行機が無ければ、アサと同じ感想になるだろうなと。白峰は思った。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 一同を乗せた飛行機は、ルンテイの飛行場へと無事に着陸した。

「空から見て思いましたけど、相当に注目されていますね」

「何なの。この人だかりは」

 見渡す限り、飛行場を取り囲む人々に白峰とアサは唖然とする。


「いやあ。吃驚ですよね。確かに、この飛行場を利用するっていう情報は伝えていたし、ニュースになっていても不思議ではないんですけど」

 ここにいる人達が、みんなこの飛行機と、それに乗る自分達を見に来たのだと思うと。白峰は戸惑う。


「そういえば、確かに自分達が出合ったばかりの頃の人々の反応って、こんな感じでしたよね」

「そうね。久しく忘れていたわ」

 白峰のぼやきに、アサは同意する。


「王都でも、ひょっとしたらこうなるんですかね?」

「そうね。覚悟しておいた方がいいかも知れないわね」


 ここには、ちょっと休憩するために立ち寄っただけで。夕方まで飛んで王都まで一つ前の街まで行く。そこで一拍して次の日の早朝に飛び立って王都に着く。そういう予定なのだが。

 この分だと、まさかトイレにまで人が押し寄せたりはしないだろうかと。少し、白峰は不安に思った。

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