魔法についての対応は
魔法について、どういう風に情報を収集していくとか、発表していくとかそういう話が纏まったようです。
桝野。お疲れさん(何様)。
昨日に引き続いて、白峰は今日も早めの出勤となった。桝野の執務室へと向かう。
昨日、異世界へと行っている間に、対策会議では「図鑑を贈ろう」という話になったとのことだ。
当面、日用品を中心に言葉を覚えていくという方針に変わりは無い。しかし、姿が近しい動物がいるというのなら、それらを何と呼ぶのか参考になるかも知れないと。そういう訳だ。他にも、共通点があればよし、こちらの情報はなるべく多く、いつでも閲覧出来るように伝えておきたい。
図鑑は「哺乳類」「植物」「鳥」「は虫類」「昆虫」「魚」「人体」「宇宙」「鉱物」「乗り物」「楽器」「料理」――とその種類は様々だ。
「何だか、どれも随分と立派な図鑑ですね」
いずれも、装丁がしっかりしており、大人向けを意識した代物である。ボリュームも相当にある。というか、ぶっちゃけ重い。
「流石に、子供向けって訳にもいかねえだろ? その方が、ある意味では分かりやすいのも確かだが」
「それはまあ、その通りですが」
ずらりと並ぶ図鑑を眺め。「これを持っていくのか」と、白峰は頬を引きつらせた。
「これ、いきなり全部持っていく必要とかは、無いですよね?」
「いや、流石にそれは無えよ? まあ、なるべく早く片付けて欲しいとは思うけどな」
桝野の回答に、白峰は少し安堵した。
「では、取りあえず5、6冊ほど持っていきます」
「おう。下手すると、もっと増えるかも知れねえけどな?」
「ちょっとは手加減して下さい」
それは、白峰の割と本気の訴えであった。桝野は曖昧に笑って流すだけだったが。その反応が、今後どうなるか分からなくてかえって恐い。
「それはそうと、魔法について、どう考えるかの方針が決まった。あくまでも暫定であって、今後はどうなるかは状況によって変わる可能性大だがな。昼には官房長官から発表となる。そのとき君は向こうに行っているから、先に伝えておこう」
「どうなったんですか?」
眠たげに、桝野が欠伸を噛み殺す。昨晩も、遅くまで会議だったか、下手すると徹夜だったのかも知れない。
「国民への発表としては『魔法の様に見える未知の技術』といった具合に伝える形に落ち着いた。結局、どういうものか判断するのにはまだ情報が少なすぎる」
「それでも、インパクトは大きそうですね」
「なるべく、冷静であることを国民に願うように伝える予定ではあるがな。マスコミが変な煽り方さえしなければ、まあ大丈夫だろう」
「各国の反応はどうでしたか? 既に、伝えているものと思っていますが」
「ああ、既に伝えている。驚かれはしたが、少なくとも各国の政府機関は冷静に受け止めてくれた。何しろ、あのゲートがある。こちらの常識外の存在についても、想定はあったようだ」
「それは、よかったです」
白峰は胸を撫で下ろした。ここでヒステリックな反応が返ってくるようであれば、アサやミィレ達、異世界の人達に申し訳が立たない。
「とはいえ、やはりいつまでもそのまま『未知の技術』とする訳にもいかねえ。可能な限り、魔法についても、どういうものか? どういう風に使われているのか? 情報を収集してくれ」
「了解しました」
とすれば、昨日もそうだが、日用品の使い方について聞いていけば概ねよさそうである。
「ところで、あちらとこちらの装備について伝え合うのは、いつぐらいがいいというか、そういうのは決まったのでしょうか?」
あの、ゲート付近にいる人達が持っている錫杖。それはやはり、何らかの武器のようだった。ミィレの説明によると、杖から何かを撃ち出し、それで相手を攻撃するようだが。いよいよ以て、漫画アニメ、ファンタジー小説じみている。
「的の調達や手続きやらなんやらで、少し時間が欲しい。早い方がいいが、明後日以降がいいようだ。そう、あちらさんに伝えて貰えるか?」
「分かりました。伝えます」
きちんと伝わるようなら、あちらの希望している「同日に装備の情報交換」も可能になるはずだ。当日の細かい手はずについては、今日の折衝次第というところだろう。
「あと、少し気になったのですが」
「何だ?」
「先日は確認していませんでしたが、自分も含め、対策室のお休みってどうなるんでしょう?」
途端、桝野の目が細められた。
「白峰君? 君は今が日本にとって、いや世界にとって、非常に重要な時期であるというのは分かっているのか?」
「それはまあ。はい、理解しているつもりです」
外交官にとって、休みは有って無いようなものだ。国家のため、国民のため、自分よりも仕事を優先としなければならない。だが、もう少しくらい、余裕を持って働けるようにして欲しいものである。
「我々、異世界関連事案総合対策室は、この半月近く、ほとんど休日無しで働き詰めであるということも知っているんだろうな?」
「ええ、知っています」
「俺、昨日も徹夜だったんだが?」
「そのようですね」
桝野の目元には大きな隈が浮かんでいた。全身から疲労困憊の雰囲気が伝わってくる。
「君は、先日休んだよな?」
「ええまあ」
「なかなか、いい度胸しているじゃねえか。若造?」
「確認すべき事は、きちんと確認しろと、研修で教わったので。そして、ファーストコンタクトが概ね成功に終わったと判断される現状から考えても、この問題は今、確認すべきだと判断しました。桝野局長も、相当のお疲れのようですし」
ギラリと鋭い視線を向けてくる桝野に、白峰は事も無げに答えた。切れ者で知られる局長のことだ。自分が何を言いたいのかを理解しているだろう。
だからこそ、この睨みはフェイクであり冗談だと白峰は判断した。
桝野は大きく肩を落とし、溜息を吐く。
「俺も、休みが欲しいんだよ」
桝野の絞り出すような、切なる願いであった。
「お疲れ様です」
白峰は心の底から、労いの言葉を伝えた。
「あちらの方にも、その辺りの事、どうするか確認してみます。少しは余裕が出来たと思いますし、あちらも休みは欲しいでしょうから」
「そうだな。是非とも頼む。取れるようなら、メンバー全員、ここらで休養が必要だ。俺はもう、寝るわ」
「はい。それでは、行ってきます」
「おう。行ってこい」
白峰は取りあえず、「哺乳類」「植物」「鳥」「は虫類」「昆虫」「魚」の図鑑を手に取り、部屋を後にした。
次回からまたしばらく、佐上弥子のターンになります。
本当に、何やっているんだろうね、この主人公(笑)。
この佐上のターンと、ちょこちょことした小話的エピソードが終わったら、異世界言語習得開始編も終わりかな。