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この異世界によろしく -機械の世界と魔法の世界の外交録-  作者: 漆沢刀也
【柴村技研買収編】
235/279

品定め

 その日、柴村は東京に来ていた。

 とはいえ、高層ビルが建ち並ぶような場所ではなく、西東京の奥である。

 広い敷地にはまばらに木々が植えられ、数棟の建物が並んでいた。

 それらの建物の中を歩きながら、柴村は感嘆の声を上げる。


「いやあ、流石ですな。立派な設備が揃っとる」

「ええ。我が社自慢の研究施設ですから。僕はこっちの才能はからっきしでしたけど、それでも父や弟から聞く話は好きでしたからね。エンジニアの夢というんですかね? そういうのものは出来るだけ応えたいんです。それで、うちのエンジニア達も、そういう気質の人達が集まっているし。要求される設備も限度を知らないんです」


 そう言って、蔵田製作所の専務取締役。蔵田直治は柴村に向かって苦笑を浮かべた。彼の隣では、研究所所長も苦笑を浮かべている。会社に色々と言っているのを自覚しているのだろう。

 柴村は、蔵田直治の笑い方を知り合いである蔵田省吾に似ているなと感じた。それと、覗かせて貰った各研究室の面々からも、そんな雰囲気を感じた。


「せやなあ。おたくの弟さんも、そういうところあるみたいやな。しょっちゅう、設備のお金が足りない。あれも欲しいこれも欲しいって儂に愚痴ってるわ」

「柴村さんにもですか。いやあ、僕達も言われるんですよ。あいつ、親戚で集まる度に、そういう事言ってくるんです。本当に困ったものですよ」

「それ、手を貸してやったりしているですか?」


「可愛い弟ですからね。多少は。あくまでも、ビジネスとして融通が利く範囲での話ですけど。あいつが、ここで思うような仕事が出来なかった分、自由にさせてやりたいという気持ちはあります」

 蔵田直治の話を聞きながら、柴村は蔵田省吾から以前に聞いた話を思い出していた。


「そういや、弟さんも、大学を出た後は試作研究開発部門だかなんだか、そういう部署に配属になったって言ってましたな。ひょっとして、それもここにあるんですか?」

「はい。その通りです。本当に、約束通り一技術者としてあいつには働いて貰うつもりだったんですけどね」

 そう言って、蔵田直治は大きく溜息を吐いた。


「差し障る話でなければ、聞いてみても?」

 実際の社内の雰囲気を知るという意味では、知っておきたい情報だと柴村は考えている。隠すなら隠すで、それもまた判断材料だ。

 柴村のそんな腹の内を読んだのか、蔵田直治は数秒、間を置いてから口を開いた。


「そうですね。一言で言えば、あいつ。優秀過ぎたんですよ」

「優秀過ぎた?」

 蔵田直治は頷いた。


「最初は、それこそ一兵卒からのスタートでした。ですが、技術的な難題に取り組んでは、成果を出してくれて。そうなると、一人で仕事をさせ続けるというのは難しい。愛の手は二本しかありませんからね。出世させて、部下という協力者を増やす流れになりました」

「まあ、それはおかしな話でもないな」

「確か、あいつが恵理華さんと付き合い始めたのも、当時のそれが切っ掛けだったはず」

「ほ~ん。そういうことやったんか」

 恋バナにのめり込むような性分のつもりはないが、それはそれで、柴村の興味を惹いた。


「あいつ。今は社長もやっているでしょう? 管理職としても、適正はあったんですよ」

「せやなあ」

「そうなると、会社としてはより大きな仕事を任せたいという思惑も出てきて、あいつを出世させて。そうしたらあいつは管理の仕事が増えて、あいつが一番好きな設備を触ってという時間が減っていったわけです」


「それで、蔵田はんはストレスを抱え込んだと?」

「ええ。会社としては、あくまでも規定に則って扱っていたんですが、着々と出世する姿に、他の社員達から変な邪推が入ってしまうのも無理からぬ事ではあったのかも知れません。私達も、あいつに甘えすぎていたのでしょう。気付いたときにはもう遅くて、あいつは怒って辞表を叩き付けてきました」


「そこから、話し合ったりはせんかったんか?」

「しましたよ。勿論しました。それでも、あいつに対する特別視を他のエンジニア達から払拭出来るかというと、それも難しいという結論に達しました。そこで、泣く泣く辞めて貰う事になりました。無理に働いて貰っても、辛い思いをさせてしまうだけだと思い。あいつを実家に誘って、支えてくれた恵理華さんには感謝してもしたりませんよ」


「なるほどなあ。少し、合点がいったわ」

「何がですか?」

 蔵田直治は首を傾げた。


「いやな? 実家の会社で嫌な思いをしたっていうなら、おたくらとも険悪だったとしても仕方ないと思うんやけどな。せやけど、蔵田はんからおたくらに対する恨みって聞いたこと無いんや。盆や正月に集まったりという話も聞いとるし」

「そうでしたか」

 安堵したと、蔵田直治は表情を緩めた。


「あの失敗を糧に、私達も社内の制度を見直しました。今では、手を動かしていたい人間や、管理に向いた人間。どういう働き方が、一番社員にとってやり甲斐のある働き方で、また会社にとって最大利益をもたらしてくれる姿になるのか。それを確認し合うようにしています」

「なるほど。勉強になりますわ」

 会社が大きくなると、そういうことも考えなければいけないのだなと。柴村は頷いた。


「そして、ええ会社ですな。みんな、情熱を持ってやっているのがよく分かりますわ」

「そう言って貰えて、光栄です」

 嬉しそうに、蔵田直治は頷く。


「ほな。儂らにもう一つ聞かせてくれんか? 仮におたくらがうちらがこれまで開発してきた翻訳機とAIを触れるとしたら、どないなことをしたい?」

 途端、ぴくりと蔵田直治の眉が跳ね上がった。

 一方で、柴村は分かりやすいなとほくそ笑んだ。蔵田直治に対してではない。その脇を歩いていた研究所所長の表情だ。


「それは――」

「前山さん。ちょっと待ってください」

 口を開こうとする研究所所長を蔵田直治はすかさず手で制した。柴村にはそれが、まるで犬におあずけを下す飼い主の姿を連想させた。一方で、研究所所長の顔は雄弁に我慢出来ないと言っていた。これは、いつまでも抑え付けておくのは難しそうだなと柴村は考える。


「柴村さん。それは流石に、我々としても少し慎重にならないと答えられません。会議室で、という形でよろしいでしょうか?」

「ああ、勿論や」

 軽い口調で、柴村は応える。


「ただ、先に少しだけ言うておくわ」

「何でしょうか?」

「うちらは、おたくらの傘下に入るというつもりは無いんや」

 そう柴村が言うと、蔵田直治は鋭く目を細めた。


「せやけど。同時に、うちはおたくらに翻訳機やAIを託したときに、どんなものが生まれるのかも見て見たい。そういうことや」

「月野さん?」


 柴村の隣に立っていた月野に向かって、蔵田直治は疑問の声を上げる。彼にしてみれば、月野が来ていたことは、外務省も立ち会う形で、柴村技研が傘下に加わるという流れの根拠になっていたのだろう。

「はい。会議室で詳しく説明致します」

 眼鏡を人差し指で押し上げ、平静な口調で月野は言った。

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