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この異世界によろしく -機械の世界と魔法の世界の外交録-  作者: 漆沢刀也
【柴村技研買収編】
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条件確認

 渡界管理施設の会議室。

 月野はモニター越しに、時居と顔を合わせた。


「お忙しい中、お時間を頂き、有り難うございます」

『何、こっちの方こそ、これからお世話になる相手からの頼みだ。無下には出来んよ』

 頭を下げる月野に対し、時居はにこやかな笑みを浮かべてくる。しかし、その笑みの裏にあるものが何かは、月野には読み取れなかった。


『それで? 今度はどういう話かな? 柴村技研が大資本の傘下に入ることについて、内部で意見が割れていること。意見の調整のため、今度は会社としてのアイデンティティを確認しようとしていることについては、君からメールで報告を貰ったよ。そして、彼らとの窓口を君達一本に絞って欲しいということも、了承した旨を返した。他に、何について話を聞きたいのかね?』

「会議の名前が抽象的なものになってしまったことについては、お詫びします」

 だが、月野としてもそこを具体的に書くことは難しかった。


「率直に、お聞かせ願いたい。時居局長は、柴村技研のこの動きをどのようにお考えでしょうか?」

『どのようにとは?』

「局長としては、歓迎出来るものだと考えているのか。あるいは、そうではないのかという話です」

 問う月野に対して、時居は苦笑を浮かべた。


『なるほど。私に聞きたいのは、そういう話か。確かに、メールで答えるには不向きな話だね。だが、それを答える前に、こちらからも君から教えて欲しい。どうしてそんな事を訊こうと思った?』

「私は、外務省の人間です。だからこそ、外務省、日本にとって最も望ましい形へと話を着地させる必要があると考えています。それこそが、日本の国益に適う真似だから。そして、一方の要求が通ることが、その要求を通した側にとって最善の結果になるとは限りません。故に、確認しておきたいのです。外務省の考えを。妥協点を探ることがあるなら、どこがそのラインなのかを」


『ふむ。悪くない答えだ。不平等な条約を結んでしまうことは、一見すると有利な方が得を独占し続けるように思うかも知れない。しかし、双方が納得しない条約というのは、やがては亀裂を生んで互いの国にとって不幸な結果を招くことになる。君は、柴村技研が納得しないままに、我々の要求を飲むことが、結局は望ましい結果から遠のくことになると言いたいわけだね』

「その通りです」

 月野は肯定する。外交官によっては別の答えを持つかも知れない。また、局面によって変わるかも知れない。けれど、これは月野にとっての信念だった。


『いいだろう。ただ、これはあくまでも私個人としての感想になってしまうが。柴村技研の動きについては、歓迎出来るものだと考えている。特に、現状を見据えて、我々の意見を聞き反対一辺倒に凝り固まらないでいてくれたことについてはそうだ』

「つまり、柴村技研が折れると期待しているということですか?」

『言い方は悪いかも知れないが。有り体に言ってしまえばそうなる。私としても、強引な手段は使いたくないのだよ。これでも、彼らと今後も友好的な関係を築き、彼らには最大限に能力を発揮して欲しい。その思いは本心からのものだ』


 返答は返さなかったが。それについては、月野も疑うつもりは無い。

「アイデンティティを確認していることについても、ですか?」

『そうだ。これは、柴村技研という存在が、今後変わっていく環境に対して、生き延びるためにしていることだ。つまりは、環境が変わることを受け入れ、覚悟しているということだよ。君は、失恋をした経験は?』

「何ですか突然?」

 予想もしていなかった時居の質問に、月野は面食らう。


『まあ、良いから答えてくれたまえ。失恋が答えにくいというのなら、大事にしていた何かを失ってしまった経験。そういうのでいい。具体的に話せとまでは、言わないよ。あるか無いかだけでいい』

「それなら、まあ。はい、それはあります。私もこれまで生きていれば、一度や二度、そういう経験は」


『だろうね。では、その時のことを思い出してみて欲しい。失ったときは失意にくれ、現実を否定し、怒りを覚えていた。そして、やがて現実が揺るぎないことを受け入れるしかないと諦める。そして、諦めたら今度は再び立ち上がる。失ったものが失敗によるものだと考えたなら、反省点を洗い出して自らを変えて成長しようともしたんじゃないかな』

「まるで、見てきたように仰いますね」

 実際その通りだと月野は思うが。


『何、ただの私自身の経験と、心理学の本で見掛けた話から持ってきた一般論だよ。私だって人間だ、それなりに人生で苦い経験はしてきたのだよ』

 そう言って、時居は苦笑を浮かべた。


『それを考えるとだ。柴村技研は、立ちはだかる現実を前に立ち上がる段階に推移したと言える。だから、望ましい姿だよ』

「ひょっとして、局長はここまで展開を読んでいたのですか?」

 月野が訊くと、時居は吹き出した。


『まさか。そんな訳無いよ。まあ、複数の予想した結果の一つという意味では読んでいたと言えるのかも知れないがね。予想を絞りきれない時点で、それは本当の意味で読んでいたとは言えないだろう』

「その言い方だと、別の展開だったとしても、何らかの手を打っていたように聞こえるのですが?」

 月野が訊くと、時居は首肯した。


『それは、その通りだ。相手がどう出るかなんて、確実に分かるものじゃない。そして、予想が外れたら打つ手が無いなどという真似は、外交をやっていて許されない』

 時居は簡単そうに言ってくるが、そっちの方が化け物ではないのかと月野は思う。時居に対しては、まるで相手を手玉に取るようだという評価を聞くし、月野自身、柴村技研共々手玉に取られていたように感じていが。そのタネがどういう事か、月野は理解出来た気がした。

 理解出来たからといって、今の自分に抗えるとまでは思えなかったが。


「では、次にお聞かせ願いたいのですが。仮に、柴村技研が出した答えが、特定の大資本傘下に入るというもの以外だったとした場合は、どうお考えでしょうか?」

『ふむ? それは、ここに至ってなお、身売りを選ばないという意味かな?』

「いいえ、柴村技研が柴村技研のまま、外務省の要求をクリアするように変わる選択肢を選ぶということです。もし、その場合は、許しますか? 許しませんか?」

 机の下で、月野は硬く拳を握った。


「言い直します。近いうちに予想される急激な仕事の増加に対し、それに耐えられと期待出来るだけの柴村技研の変化があれば、その方法は売却に拘る必要があるのかという意味です」

『ふむ?』

 時居は目を細めた。値踏みするように、月野を見詰めてくる。


『その答えに対しては答えはノーだ。本当にそんな方法があるというのなら、我々が提示した方法には拘らない。ただし、本当に実現出来るというのならという話になる。君がどういうつもりなのかは知らないが、そのことは、忘れないでくれたまえよ?』

「承知致しました」

 神妙な面持ちで、月野は頷く。

毎年恒例のようになっていますが、12月は休載(ネタ整理)期間となります。

余裕があれば、少しくらいは投稿します。来年から、通常通りの投稿ペースに戻ります。

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