柴村技研の思い
週が明けて、月野は柴村とモニター会議でコンタクトを取ることにした。
渡界管理施設の中からは、月野と佐上が参加することになった。白峰と海棠は外回りをしている。月野としては、元々は佐上に出席して貰う事は考えていなかったが、彼女に予定が知れると、希望により参加して貰う事になった。佐上にしてみれば、気になるのは仕方ないことだと月野も理解している。
約束の時間通り、会議は柴村と繋がった。
「お世話になっています」
「うん、お疲れさん。月野はん、今日はよろしくお願いします。佐上も、よろしくな」
モニター越しに、彼らは会釈を交わす。
「今日は、柴村技研の総意として、外務省からの申し出に対して、どのようなお考えなのかを教えて頂きたいと思っています。それで、ご認識は合っているでしょうか?」
「うん。合っとる。ただ、その前に一つお願いがあるんやが、ええかな?」
「何でしょうか?」
一呼吸置いて、柴村は訊いてきた。
「悪いけど、外務省とのこういうやり取りの窓口は、これまで通り月野はんと白峰はんの一本に絞らせてくれんか? そこの線が複数に分かれていると、どこがどういうつもりで、どこまで話が伝わっているんか不安になって仕方ないんや。凄く、やりにくい」
「あれから、私達以外に柴村社長との接触が続いているということでしょうか?」
「いや。うちらの身売り先についてのお薦めリストを送ってきてからは、無いわ。ただ、こういう話は月野はん達以外とはしたくないし、また同じ話を送ってきた人にするのも時間の無駄やと思うさかいな」
「分かりました。柴村社長の仰ることはご尤もだと思います。私からも掛け合って伝えます」
「うん。よろしゅう頼むわ」
この要求は、恐らく通ると月野は考えた。感触として、時居も以降はこの件を月野達に任せたい節を感じている。ただ、本当に通せるとまでは分からない為、約束するとは口にしなかった。謝罪も、口にしなかった。
それを言い出せない立場というものに、歯がゆさを感じながらもだ。
「それで、早速ですが。総意はどのようになったのでしょうか? 佐上さんからは、先の週末を締め切りに社員の方達から意見を集めたと聞いていますが」
「うん。それ何やけどな――」
固唾を呑んで見守る月野と佐上の前で、柴村は困ったように頭を掻いた。
「すまん。正直言って、儂にもどう言って良いのか分からん」
「それは、どういうことでしょうか?」
「総意と言えるほど、意見を纏めきれていないんや。みんな、思い思いにこの会社のことを考えてくれているということだけは、分かったけどな」
「では、この場で少しでも考えていくことにしませんか? 人と話すことで、考えがまとまっていくというものも、あると思いますから」
「ああ、そうしてくれると、助かる」
疲れと安堵の息を柴村は吐いた。
「意見は、大きく分けるとやっぱり二つに分かれる感じやな。大企業に身売りしても、それはそれで仕方ないし、構わないという考えの者と。それは、危険が大きすぎるっていう考えの者や」
佐上は血相を変えた。
「そんなっ!? 身売りしても仕方ないって。誰や? 誰が、そんな事言うたんですか?」
声を荒げて訊く佐上に、柴村は静かな視線を送る。
「その連中の名前は言えん。それに、そいつらも会社のことを思って言っていることや」
「どういうことですか?」
「佐上? お前もそうやけど、みんなの残業時間がどんなものか分かっているか? 流石に、法律に違反するような真似はさせずに家に帰すようにしているけど、ずっと残業続きや。仕事があるのはありがたいが、こんな生活を社員に強いるというのは、経営として不健全やし長く続けられるようなもんでもない。体や心を壊して、そうやって脱落者が出てからじゃ遅いんや。そして、それは会社にとって大きな損失や」
佐上は顔をしかめながらも、押し黙る。
「他にも、本当に仕事が大きく増えるというなら、満足な仕事を納めるのは難しくなるし、それはそれでビジネスとしてやっちゃいかんやろという意見もあった。どんなビジネスでも、お客の期待に応え、対価に見合うものを納めるのが鉄則や。そう考えると、今のままっていう訳にもいかんやろな」
「では、社長はもう、身売りすることに決めたんですか?」
縋るような声を出す佐上に、柴村は首を横に振った。
「いや、それもまだや。まだ決められん。お前もそうやったが、反対意見もあるからな」
「そちらも、お聞かせ願えますか?」
月野の声に、柴村は頷く。
「反対っていうのは、そうやな。やっぱり、うちらが成果を出し続けてこられたのは、うちらがうちらだったからこそや。仕事のやり方とか、社風とかそういうのや。実際、急拡大した企業が、その拡大路線に振り回されて自滅するというのはよくあることやしな」
「せや。そこで、会社そのものが無くなったら、何にもならん」
大きく、佐上は頷く。
「儂はな。この二つの意見は、どっちも正しいと思う。変革か守旧かというのは、きっと古今東西ずっと付きまとう話なんやろな。いや、他人事のようには言えんけどな」
そう言って、柴村は苦笑を浮かべた。
「なあ、月野はん。あんたは、どう思う? 何も、うちらの命運を決めろとか、そういうつもりやない。あんたは、変革と守旧という問題があったら、どう考える? あくまでも、参考意見としてや。何かあったら、聞かせてくれんか?」
「私ですか?」
不意の問い掛けに、月野は少し面食らいながらも考える。
彼は普段、こういうことは考えてこなかったつもりだが、意外とあっさり答えは出た。
「変えるべきところは変える。守るべきところは守る。私は、そう考えます」
柴村が目を見張るのを月野は感じた。
「これでも、外交官の端くれだからでしょうか? ふと、そんな事を思いました。時代は常に流れゆくものです。そんな中でも、この日本は国際社会の中で生き残ってきました。海外から、取り入れる価値があると思うものは貪欲に取り込んで変わり続け。その中でも守るものは守り続け。だからこそ、生き残ることが出来ました。適者生存という言葉も聞いたことがあります。その時代に栄えることが出来るのは、時代に合わせて適した姿を持つ事が出来た存在だと言います」
月野の言葉に、柴村は肩を震わせた。愉快そうに、白い歯を見せてくる。
「なるほどなあ。それが、月野はんの答えか。言われてみれば尤もや。企業もそうや、変わり続けなければ生き残れないし。残すべきものは守り続けないと、それもまた生き残れんわ」
「参考に、なりましたでしょうか?」
「ああ、何かが見えてきそうな気がした」
そう言って、柴村は大きく頷く。
「佐上。答えられんかったら、後でもいい。これから、社員みんなに儂は同じ質問をするつもりやが、教えて欲しい」
「何ですか?」
「うん。佐上? お前にとって、うちら柴村技研のアイデンティティーっていうのは何や? 何を守れば、うちらはうちらだと言えると思う?」
「いきなりですね。普通、そういうのって社長とか幹部の人が考えて、音頭取ってみんなに言い聞かせるもんとちゃいます?」
頬を掻きながら、佐上は視線を逸らす。
「馬鹿野郎。そんな押し付けの精神なんか、アイデンティティーでも何でもないわ。会社っていうのは、社長や幹部で出来るものやない。みんなが集まって出来上がるもんなんやからな?」
「取りあえず、社長がそんな考えの人間やっていうのは、立派にアイデンティティーやと思います」
そう言って、佐上は笑みを浮かべた。そんな彼女を見て、月野も釣られて笑みを浮かべた。
佐上「おい、これ書いている奴? 何を泣いているねん?」
漆沢「こんな会社で働きたかった(涙)。世の中、アットホーム(暗黒微笑)な会社ばかりで」
佐上「おどれは、その前に人付き合いの悪さを何とかした方がよかったと思うけどな?」
漆沢「すみません。流行りの芸能人とかの話題分からなくて。接点が持てる話題が何も無くて」
なお、今は独立してそれが一番性に合っているし、稼げる働き方になっている模様。