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この異世界によろしく -機械の世界と魔法の世界の外交録-  作者: 漆沢刀也
【柴村技研買収編】
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動揺と確認

 昼休み。

 月野が白峰と共に部屋に戻ると、既に佐上と海棠は戻っていた。

 佐上はいつもなら、昼食を食べ終えると13時までは目を瞑って仮眠を取っている。こうして、休憩時間は脳を休ませるのが、彼女の仕事にとっては重要なのだと。そう、彼女は言っている。

 しかし、この日はいつもと違った。佐上は強張った表情で、スマホを握っていた。


「ほんまなんですね? ええ。はい、分かりました。うちからも、確認してみます。今、戻って来ましたんで。はい、失礼します」

 スマホを持ったまま、佐上は虚空にお辞儀をして、通話を切った。

 怪訝な表情を浮かべる月野と白峰の前で、佐上は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。


「佐上さん? 何か、あったのでしょうか?」

「何がって、お前――」

 舌打ちして、佐上は言いかけた言葉を飲み込む。そして、再び口を開く。


「月野はんも白峰はんも? おどれら、ほんまに知らんのか?」

「だから、何がですか?」

 当惑する月野達の前で、佐上は深く溜息を吐いた。


「その様子やと、社長の言った通り、ほんまに知らんかったみたいやな」

 少しだけ安堵したと、佐上が表情を緩ませたように月野には思えた。


「うちの会社が、どこか大きな会社に身売りして、吸収合併されることになるかもしれんっちゅう話や」

「何ですって? どうしてそんな事に? そんな真似はさせないための備えも用意していたはずですが?」

 佐上の言葉に、月野は動揺し、白峰も息を飲んだ。


「ああ、去年の夏にした契約の話か? でもあれ、うちの社長。そういった資金の援助は、必要になったら貸して貰う約束をしただけで、最初から手元に持たせて貰う事はしないって断ったやろ」

「そうでしたね。最初から余計な借りは作りたくないと。立派な方だと思います。でも、それも無しということですか?」

「無いな。だってあれや――」

 佐上は乾いた笑いを浮かべた。


「だって、あれやもん。その、外務省が、うちらの会社に、身売りせえって言うんやで?」

 月野は絶句した。

 まさかという思いで、月野も白峰も海棠に視線を移すが、彼女も神妙な表情で頷いてくる。佐上の隣で電話を聞いていたであろう彼女からしても、本当のことのようだった。


「社長が言うには。今度、白峰はんが王都に行くことになっているやろ? それが終わったら、うちらに任される仕事の量が一気に増えていくと予想されているそうや。それを捌くためのキャパはうちらには無いし、そんな急成長も厳しい。まあ、確かにみんな残業続きやし? 見透かされてんなあと思うわ。そんな訳で、ニーズに応えるには、身売りして大手の傘下に入って貰わないことには困るんやと」


「それが、本当に外務省の総意だというのなら、私には異を唱えることは出来ませんが。そんな方法を採らないで済む余地は、柴村社長から見て、無さそうなのですか?」

 月野の問いに、佐上は頭を掻き毟る。


「正直言って、かなり厳しいやろうな。そんなの絶対に許さないという雰囲気やったそうや。偉い管理職の人達も集まって、どうするか話し合っているようやけど。期待出来んと思う」

「佐上さんにしてみれば、そんなのは、不安ですよね?」

 月野に対して、佐上は頷いた。


「分かりました。私達からも、早急に桝野さんに確認します。正直言って、私達現場の頭を越えていきなりという、こういうやり方は不愉快ですから」

「うん。頼むわ」

 縋るような視線を佐上は月野に向けてきた。


 彼女の期待していることは、月野にも想像が付く。しかしここで、話を覆すから任せろとは言えない自分に、彼は口惜しさを感じた。

 月野は自席へと戻り、桝野のスケジュールを確認する。空いているようだった。直ぐに彼はスマホを取り出し、電話を掛ける。


『俺だ』

 桝野への電話は直ぐに繋がった。

「私です。月野です。食事時とは思いますが、すみません。至急確認させて頂きたい事があります」

『うん。何だ?』


「柴村技研の買収の件です。何か、ご存じないでしょうか?」

『ああ、その件か。時居の奴から聞いている』

 桝野の答えに、月野は頭に血が上りそうになる。堪えるが。


「我々は、何も聞かされていません。いきなり頭ごなしに。そんな、混乱を生むような真似は止めて欲しいです」

『そうか。だが、それについては時居の奴にも言い分はあるだろう。直接、訊いてみるといい。まだ、会ったことは無いのか?』

「近いうちに、ご挨拶に伺う予定でした。アポイントは取っています」


『なるほどな。じゃあ、そのときに聞けるだろう』

 素っ気ない桝野の返答に、月野は食い下がるのを諦めた。


『それと、折角だ。君に一つ、お説教だ』

 思いもしなかった言葉に、月野は身を強張らせる。


「何でしょうか?」

『動くのが遅えよ。外交官なら、王都への訪問や組織改編の話が出てきた時点で、こういった動きを想定し、聞きに来るぐらい頭を働かせ、積極的に行動しな。漫然と、上の動きに付いていこうなんて考えじゃ、この先やっていけないぜ。いいか? 俺達が君達に期待しているのは、そういう仕事なんだよ』

月野は、歯を食いしばる。


「肝に銘じます」

 絞り出すように、返答を返した。

『うん。難しい仕事かも知れないが、頑張ってくれ』

 そこで、桝野から電話は切られた。

 俯いたまま、月野は佐上に顔を合わせることが出来なかった。

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