新体制へ
若干、気まずそうな顔を浮かべながら、白峰は出勤してきた。
軽く、後頭部を掻きながら。
「ええと。おはようございます。皆さん、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。今日からまた、よろしくお願いします」
そう言って、白峰は頭を下げる。
そんな白峰に対して、佐上は半眼を浮かべた。
「なんでおどれ、そんな『恥ずかしながら帰って参りました』みたいな態度しとんねん。大変な目に遭ったのはおどれやろ。命があっただけ、幸いや。堂々としとればええねん」
「いや。まあ確かに、その通りなんですけど」
白峰は苦笑を浮かべる。
「でも、白峰さん。体調はもう大丈夫なんですか? もし、まだ辛いようなら無理はしない方が良いと思いますよ?」
「はい。少し、体力が落ちたような気はしますが。もう大丈夫です。体をあまり動かしてなかったせいか、鈍ったような気がするんですよね」
だから、むしろ今は体を動かしたい。そう、白峰は思っていたりする。
「それより、月野さんの方は、大丈夫でしたか? 自分の分の仕事も頼んでしまっていたと思いますけど」
「大丈夫ですよ。こなせる限りの仕事はやっておきました。スケジュール的に後回しに出来そうなものは後に回していますし。そちらが、少し詰まっていますが、それらを白峰君が頑張って片付けてさえくれれば、問題ありません。ある意味では、私にとっても白峰君の仕事をよく知る良い機会だったと思います」
「要するに、白峰はんがこれまで休んで迷惑掛けた分、これから取り返せっていうことか。鬼やな、おどれ」
月野に対し、如何にも引いた。みたいな素振りを佐上は見せる。
「何でそうなるんですか」
佐上の言葉に、月野は憮然とした表情を浮かべる。
そんな彼らの様子を眺めながら、白峰は頬を掻いた。
「いえ。むしろ、自分としては少し気が楽になりました。病気だったにしろ、自分が月野さんに迷惑を掛けてしまったのは確かですし。それを挽回する手段を教えて貰ったというか。そんな風に思えるので。そういうことでしょう? 月野さん」
「ふ~ん?」
それを聞いて、佐上はにやにや笑いながら月野へと視線を向ける。対して、月野はそっぽを向いた。
「良かったな? 察しのいい後輩で」
「煩いですね」
そんな二人を見て、白峰と海棠からは笑みがこぼれた。
「しかし、白峰はんがおらん間、大変やったのは事実やな。ほんまに、人員の増加が必要やと思うけど。そこんところどうなっとるん? 時期的に、そろそろ、そういう話も出てきておかしくないと思うんやけど。前に、そういう話無かったっけ?」
佐上は月野に訊いた。
「そうですね。少しずつですが、そういう話は出ています。というか、既に変わった点はありますよ。一週間前に、お話ししたと思いますが」
「あれか。でも、当面は何か大きく変わることは無いやろいう話やなかったか?」
「何の話ですか?」
月野と佐上の会話に、白峰は首を傾げる。
「休んでいた白峰君にはまだ伝えていませんでしたが。組織図が少し変わったんですよ。これまでの私達は。まあ、時間も経って本体が解散してしまいましたが、異世界関連事案総合対策室の分室として、外務事務次官である桝野さんの直下にありました。それが、異世界局という一つの部署として、正式に昇格しました」
「とすると、ひょっとして月野さんが局長に昇進ということですか?」
白峰の問いに対し、月野はひらひらと手を振って否定した。
「とんでもない。私みたいな人間が、一足飛びにそんな役職に就くわけないでしょう。時居局長が我々の上司となりました」
「時居さん?」
「時居宗吾さん。アジア大洋州局の局長です。偉い人達の事なんて関係無いと思わず、組織にいる以上は、役職に就いている人の名前は覚えておいた方がいいですよ。とはいえ、今はまだアジア大洋州局局長と兼任で、色々と引き継ぎをしているという話です。私の元上司でもあるのですが、白峰君も戻ってきたことですし、いずれご挨拶に伺いましょう。予定は未定ですが、既にその旨のメールは送っています」
「元上司?」
佐上に対して、月野は頷いた。
「私は以前、東南アジアで外交官をしていました。時居局長に比べれば、下っ端も下っ端でろくに面識も無いのですが。元上司です」
「なるほど」
納得したと、佐上は頷く。
「ここが局になってから。いざ、中身をどう整えるべきかというのは、白峰君が王都に行って帰ってきてから本格的に動く話ですが。それが終わると、この部屋も大分賑やかになると思います。白峰君にも、後輩が出来るかも知れません。そのときは、先輩として面倒を見てあげて下さいね」
「はい。分かりました」
白峰は頷く。確かに、この仕事をするようになってもうじき一年になろうとしている。白峰は気合いを入れ直した。
先日には、安定した電力供給が可能な魔法が出来たという報告が上げられている。王都訪問計画は順調且つ確実に前に進んだ。飛行機の組み立ても始まっている。
「ところで。他に何か、その時居さんについてご存じの話ってないですか? 恐い人かどうかみたいな。私、恐そうな人だったら嫌なんですけど」
海棠の質問に、しばし月野は虚空を見上げた。
「私も、直に話したことが無いので何とも言えないのですが。海棠さんの仰るような意味で恐いっていう噂は聞いたことがありませんね」
「そうですか」
ほっと、海棠は胸を撫で下ろす。
「だだ。敵には回したくない男。という、そんな噂は聞いたことがあります」
「どういう意味ですか?」
「切れすぎる切れ者。というニュアンスが近いですかね? 具体的な話は、これも聞いたことが無いのですが。まあ、桝野さんもそうですが、局長クラスの人ともなると、多かれ少なかれそういうオーラはあるのだと思います」
「桝野さん。恐いですか?」
あっけらかんとした口調で、そう言う白峰に対して月野は苦笑を浮かべた。
「君は大物ですよ」
そんな月野の言葉を白峰はどう判断したものかと考えたが。今しばらくは答えが出せなさそうだと、保留にすることにした。
「ま、海棠はん。大丈夫や。こいつ以上におっかない奴なんて、そうそうおらへんて」
そう言って、佐上は親指を月野に向ける。月野は、少し傷付いたと唇を尖らせた。




