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この異世界によろしく -機械の世界と魔法の世界の外交録-  作者: 漆沢刀也
【流行性感冒編】
222/279

手詰まりと希望

 白峰の部屋。そのリビングにて。

 ソファに深く腰掛け、ヤコンは深く溜息を吐いた。

 恐らくは、季節性の風邪だとは診断しているが、それが確実かと言われるとそれは分からない。なので、感染拡大のリスクを考えて看護士の応援というものも無しだ。


 白峰の治療にあたって、もうすぐ二日になろうとしている。まだまだ体力には自信があるつもりだったが、神経をすり減らしながらの看病をつきっきりで行うというのは、流石に堪えてくる。ほとんど眠れていない。

 白峰の病状は、一進一退という具合だ。


 彼が持ち込んでいた体温計によると、40度を行き来している。ヤコンの経験から考えて、あと数度上がったくらいが、危険熱の域だろう。

 タミフルという薬は、あまり効果が感じられないようだったので。他の薬も試してみた。異世界製のアビガンと呼ばれる薬と、こちらの世界で昔から使われている薬だ。それぞれ、時間を空けて使用している。


 しかし、それでも劇的に症状が改善するという様には見えなかった。いずれの薬も、全くの効果無しという訳でもないように、ヤコンには思えるのだが。

 こうなってくると、いよいよ以て患者の体力勝負になってきた。そう、ヤコンは考える。

 そして、肝心のその体力も、厳しくなりつつある。容態も、悪化してきた。認めたくないが、ヤコンにはそう思えてならない。


 まず、病気の人間によくあることだが、食欲が無い。台所を借りて、病人用の食事を作って食べさせているが、それもほとんど喉を通っていない。

 発熱や全身の痛みによって、あまり眠れているとも言えないようだ。

 特に気になるのが、喉の痛みだ。これが、激しく痛んで辛いと訴えている。また、これのせいで食欲が落ちているというのもある。


 ヤコンは舌打ちした。嫌な予感が収まってくれない。職業柄、様々な患者の命を救ってきたのと同時に、見送ってもきた。いつまでも、それを引き摺らない程度には慣れてはいるが、それでも割り切れない感情は残り続けている。また、それに何も感じないようになっては、医者として終わりだと思っている。


 もし、これが季節性風邪だっとして。滅多に無いことだが、やはり重症のケースに酷似しているように思えてならない。

 このまま病気が進行したとした場合。恐らくだが、呼吸困難に陥っていく可能性が高そうだ。そう、ヤコンは考えた。

 少し離れた寝室で、患者が激しく咳き込むのが聞こえてきた。その咳も、治療を始めてからは痰が絡んだようなものが多くなってきた。


 ヤコンはソファから立ち上がって、寝室へと向かった。

 苦しげに呻く白峰を見下ろし、ヤコンは拳を握った。無力感に苛まれる。手早く、何かこれまでと違う以上は無いかを確認する。


 見た目上は、それほど変化は無いように見えるが。

 白峰の額に手を置いて、熱を確認する。これはマズいと、ヤコンは内心で呻いた。いよいよ、危険熱に達した。

 体温計でも熱を測定する。いよいよ以て、あまり猶予は無いのかも知れない。


 と、持たされていたスマホが鳴った。定時、もしくは何かあるときはこれで連絡を取るようにと渡されたものだ。

 ヤコンは寝室を出てスマホとメモを白衣から取り出した。メモを見ながら、スマホのボタンを押す。


「はい。ええと、その。ヤコンです」

『ヤコン先生ですね。私はアサ様の従者をしております。ミィレです』

 ミィレ。その名前には、ヤコンには覚えがあった。


「はい。ミィレさんですね。薬や道具の説明とか、色々と用意して下さった。はい、覚えています。あれは、助かりました」

『そうですか。お役に立てて何よりです。それで、話は変わりますが、シラミネさんの容態はどうでしょうか?』


「少し、待って下さい」

 そう言って、ヤコンは部屋の外へと出た。白峰が起きているのかどうかは分からないが、それでも聞かれたくはない話だ。

「その件ですが。今まさに伝えようと思ったところです。早朝時分での様子は伝えましたが」


『悪いんでしょうか?』

 ミィレの問いに、ヤコンは頷く。

「はい。その通りです。熱が上がったり下がったりを繰り返していましたが。とうとう、危険熱に達したようです」

 スマホの向こうで、ミィレが息を飲む気配を感じた。


『呼吸はどのような具合なのでしょうか?』

「そちらは、まだ何とかなっています。ただ、こちらも――」

 ヤコンは言葉を濁した。


『そうですか。状況は、分かりました。要するに、高熱が続いてシラミネさんの体力も限界に達しつつある。薬はいずれも、あまり効果があるようには見えない。今後は、呼吸困難となり更に容態が悪化していくことが予想される。そういうことですね?』

「はい。その通りです。申し訳ありません」

 スマホを持ったまま、ヤコンは深々と頭を下げる。


『先生。呼吸と体力さえ、何とかなればまだ希望はありますか?』

「それは? どういう?」

『お願いです。答えて下さい。どうなのでしょうか?』

 鬼気迫るような、そんな真剣な問いに、ヤコンは気圧される。

 そして、冷静に、医者として判断する。


「はい。もしも、本当に呼吸を十二分に保つことが出来、体力を回復させることが出来るのなら、あるいは。可能性はあります」

 逆に言えば、もはやそれしか可能性が残されていないとも言えるが。


『分かりました。お答え、有り難うございます。それと、もう一つ、お願いがあります』

「何でしょうか?」

『今から、異世界の医療器具を持って、私がそちらに向かいます。使い方は私が説明します。拙い説明になるかも知れませんが、私に、協力させて頂けないでしょうか?』


「願ってもありません。こちらこそ、よろしくお願いします」

 藁にも縋る思いで、ヤコンはミィレに答えた。

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