自責の念とその先
朝になって、ミィレは目を覚ました。
額に手を当てる。熱は下がったようだ。やはり、ただの軽い季節性感冒だったようだ。
しかし、気分は晴れない。全身が気怠くて仕方ない。
軽く首を起こして、ミィレは周囲の様子を伺う。ゴルンやセルイもこの会議室で隔離されている。彼らは静かな寝息を立てていた。起きるには、まだ少し早い時間だろう。
ミィレは深く溜息を吐いた。体調は回復した。けれど、こんな調子で、今日は仕事出来るのだろうかと思うと。とてもそんな自信は無かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ああ、やっぱりか。と、ミィレは項垂れた。
体調は回復したということで、業務には復帰した。しかし、仕事を始めて小一時間もした頃に「話がある」とアサに呼び出され、会議室へと連れ出された。
「今日はもう、屋敷に帰って休みなさい」
そう、アサに言われた。
ミィレには、返す言葉も無かった。
「やっぱり、ご迷惑でしたでしょうか?」
「迷惑とか。そんな事言っていないし、思ってもいないわ。けれどミィレ? 今のあなたが、とても仕事に手が着かないっていうことくらいは分かるわよ。憔悴しきって、酷い顔しているもの。病み上がりということを差し引いても、見ていられないくらいに」
「そう、ですか」
力無く、ミィレは返事を返した。自分でも、こんな態度しか見せられないのだから、心配されて当然だと、ぼんやりと思う。
「昨日は、眠れたの?」
「少しは、眠れましたと思います。朝、目を覚ました感覚はあるので。眠りも、浅かったと思いますけど」
「つまり、ほとんど休めてもいないっていうことね」
軽く嘆息するアサに、ミィレは頷く。
「シラミネを心配するなって言っても。ミィレのせいじゃないって言っても。そういう考えが浮かんでしまうのは、仕方ないわ」
「はい」
「シラミネなら、きっと大丈夫。それが、気休めにもならないのも、仕方ないわね」
「はい」
シラミネの容態については、医者からの報告によると、とにかく油断ならないという話だった。回復の兆しは見られないが、危機的状況の一歩手前で踏み止まり続けている。そんな具合らしい。
医者やアサにしてみれば、シラミネの体力ならきっと持ち直すはず。そう、希望を持って、そこに賭けているのだろう。しかし、ミィレにはもっと悪い可能性の方を強く感じた。シラミネの体力が、尽きたらそこで一気に流れが傾いてしまうような。
「正直言うと。私もね。ミィレ? あなたに何て言葉をかけてあげたらいいのか分からないの」
「ごめんなさい」
「謝らなくて、いいわよ」
アサの優しい声に、ミィレの目から涙が零れた。
「ごめんなさい。私、悔しくて。恐くて、不安でどうしようもないんです」
「だからって、自分を責め続けても仕方ないでしょう?」
「分かってます。分かっているんです。でも、どうしてもそうなってしまうんです」
ミィレは鼻の奥がつんと痛むのを感じた。自分の声が涙声になっているのも理解する。
「ミィレ? だったら、尚更休みなさい」
ミィレは押し黙る。言われたことには従いたいが、実行出来る自信は無かった。
「こういう事を言うと。あなたは怒るかも知れない。けれど、もしも、シラミネが病気になった理由があなたにあったとしても。それはもう過ぎてしまった話よ。今さら、どうあっても取り戻すことは出来ない」
ミィレは思わず拳を握った。その怒りをアサにぶつけてしまう前に、押し止めるが。
「だからこそ。シラミネに対して何らかの責任を感じているというのなら、それを果たす方法を今は考えるべき。そうじゃない?」
「そんな方法。あるんですか?」
あるなら教えてくれと思う。本当にあるというのなら、何だってやってやろうと思った。
しかし、無情にもアサは静かに首を横に振った。
「生憎と、私にも思い浮かばないわ。けれどね? だからこそ、私達は考えるべきなのよ。今、自分達が何を出来るかを。自分を責め続けても、それは足踏みしているだけ。そうでしょう?」
「だから、今は私に休めと。そう、おっしゃるのですね? 休んで、頭を一度冷やして。そこから、全力でシラミネさんのために出来ることを考えろと。そういうことですね」
「そうよ。疲れた頭では、良い考えも思い浮かばないわ。本当にシラミネのために何かしたいというのなら、ここで休むのは必要なこと。そうじゃないかしら?」
ミィレの目から、涙が止まった。顔を上げ、主へと向き直る。
「どうやら、目が覚めたようね」
微笑むアサに、ミィレは頷いた。
「ありがとうございます。私は、自分が何をやるべきか分かりました」
光明。というにはか細いが。ミィレは自分の思考に力が籠もるのを実感した。
「分かってくれたならいいわ」
「はい。それでは、失礼ながら今日はお暇させて頂きます」
「ええ。ゆっくり休みなさい。シラミネに何かあったら、すぐに連絡を入れるから、そのつもりでね」
「分かりました。よろしくお願いします」
力を込めた声で返事をして、ミィレはアサへと頭を下げた。