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この異世界によろしく -機械の世界と魔法の世界の外交録-  作者: 漆沢刀也
【流行性感冒編】
218/279

発症

 これはどう切り出したものかと、月野は軽く悩んだ。

「おい、どないしたんや? 今日は朝からそんな陰気な顔して」

「それに、今日はまだ白峰さんが来ていませんけど。それと何か関係あるんですか?」


 佐上と海棠が怪訝な表情を浮かべ、月野に訊いてくる。

 白峰が軽い体調不良を訴えてきた翌日のことだ。彼女らも、理由については察しが付いたのだろう。


「ええ、その通りです。ちょっと、何から話したものかと悩んだものでして」

 そう言って、月野は眼鏡を人差し指で押し上げた。

「まず、落ち着いて聞いて下さい。白峰君ですが、皆さんの想像通り。風邪で寝込んでいるようです」

「はあ。それは大変なこっちゃなあ。白峰はん。大丈夫なんか?」


「今のところは。大丈夫というのとは少し違うかも知れませんが、命に関わるほどの熱は無いそうです。38度に届くかどうかというところだと言っていました」

 電子体温計は、万一の場合は重要な役割を果たすだろうということで、異世界に持ち込んでいる。


「体は動くのですか?」

「はい、体は動くと言っていました。とにかく喉が痛いと言っていましたね。体の節々が痛む感覚については、あるような無いような。よく分からない具合だと言っていました」

「インフルエンザかな?」

 佐上が首を傾げる。


「それは分かりません。取りあえず、既にこの事は、私の方から本省の方にも報告済みです」

「そういやおどれ、昨日の時点でも報告したって言うとったな」

 月野は頷く。


「白峰さん。昨日はちゃんと、ミィレさんから教えて貰った鍋、作って食べたんですかね?」

「それは、作って食べたそうですよ。あまり美味しいとは思えなかったと言っていたから、まず間違いないでしょう。私もレシピを真似してみましたが、普通に美味しかったので」

「これは、治ったらまた特訓やな」

 佐上が乾いた笑いを浮かべる。


「それで、ここからが本題ですが。白峰君の仕事は、残念ながらすべてキャンセルです。その件については、私がこれからミィレさん達に伝えます」

「結構、迷惑を掛けることになってまうな」

「そうですね。しかし、事が事だけに、ここは無理出来る状況ではないので」

 月野は嘆息する。


「白峰君は完全に自宅待機です。こちらの病気を持ち込んでいたとしたら、広めたら大変なので」

「それは、まあ仕方ないわな」

 佐上と海棠は頷いた。


「そして、我々も。残念ながら、しばらくはこの施設から出られなくなりました」

「何やてっ!?」

 佐上があんぐりと口を開けた。


「理由は、白峰君と同じです。彼と長く接触していた以上は、私達も感染している可能性があります。なので、隔離して様子見という形です」

「マジかあ」

 がっくりと、佐上は肩を落とした。


「ええと? それじゃあ、寝るときとかどうなるんでしょうか?」

「寝袋を手配したので、それで寝ます。この部屋と会議室、どちらを使うかは後で決めましょう」

「テレビで見る、地方のお役所の災害対策室みたいですね。まあ、今の私達はそれに近い立場だって分かってるつもりですけど」


 そう言って、海棠は虚空を見上げた。まさか、自分が本当にそういう真似をするとまでは考えていなかったのだろう。月野も、覚悟はしていたが、実際にやることになるとまでは考えていなかった。

「ちなみに、皆さんの体調は今、どんな具合でしょうか? 何か、体に違和感とかありますか? 私は、何事も無く元気なつもりですが」


「うちも、全然元気やな。何ともないで」

「私もです」

「それは良かったです。ただ、何かおかしいと思い始めたら、隠さずに報告をお願いします」

 それは分かっていると、佐上も海棠も頷いた。冷静な人達で本当に助かったと、月野は安堵する。


「ところで、もし本当に大変な病気だったとしたら。そのときはどうするんでしょうか? 治療方法とか、誰が診るのかとか決まっているんですか?」

「そこは、症状に応じて臨機応変に対応していきます。お医者さんの手配については、互いの世界で話は付いています」


「薬とかもか?」

「そうですね。これも、上の判断次第ではありますが、もしも重篤化する危険性があるようなら。インフルエンザかどうかとか、効果がどうなるか分からなくても、タミフルやアビガンといった薬を使うかも知れません。一応、そこは考えられています」


「今すぐ使うという訳ではないんやな?」

「まだそういう判断は下りてきていませんね。上も、検討したりお医者さんに意見を聞いたりしている最中なのでしょう。取りあえず、インフルエンザの検査キットだけでも持ち込んで、確認してみたらどうかとは思いますが」


「思うんやったら、言ってみたらどないや?」

「そうですね。既に考えられているかも知れませんが、伝えてみましょう」

 月野は佐上の言葉に同意した。言ってみて、無駄になるという事も無いだろう。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 PCのメールに届いた文面を読んで、ミィレは緊張を覚えた。胸騒ぎを深呼吸して抑え付ける。

「皆さん。すみません。ちょっと聞いて下さい。緊急事態です」

 緊急事態という言葉に、部屋にいた人間が一斉にミィレに注目した。


「シラミネさんが風邪で休んだそうです。熱はそれなりにあるものの、まだ動けるとのことですが。でも、何の病気かまだ分からず、感染の危険性もあるという話なので、念のため、しばらくはこの施設から出ないで欲しいという話になりました。この数日でシラミネさんと行動を共にした人は特に」

 ミィレの報告に、部屋がざわめく。


「それは一大事ね。この中で、この数日の間でシラミネと一緒にいた人っていうと?」

 アサの問い掛けに、ミィレは手を挙げた。あとは、アサ自身とゴルン、セルイが手を挙げている。

「体調に違和感を覚えている人はいるかしら? ちなみに、私は全然元気よ」

「私もよ」

「私もだ」

 ゴルンとセルイの答えを聞きながら、ミィレは首に手を当てた。


「すみません。私は、少しだけ違和感があるかも知れません」

「そう。分かったわ。正直に言ってくれて、ありがとう。悪いけれど、ミィレはこの後、会議室の方に移って貰って良いかしら?」

「分かりました」


 これを風邪だというにはあまりにも小さな違和感かも知れない。けれど、ミィレは大事を取って白状した。

「ミィレさん。医者をどうするかについては、何か彼らは言っていませんでしたか?」

 ライハの問いに、ミィレは頷く。


「はい。予め声を掛けていたこちらの医師を喚んで、連絡が取れるようにして欲しいと言っています。シラミネさんへの診察をお願いしたいと。それから、予想される病気かどうか、検査するための道具も用意するので、それを確認して欲しいそうです」

「その検査の結果は、すぐに出るものなのかな?」

「はい。使い方も簡単で、すぐに分かるものだそうです」


 絶対にこれだと言い切れるほどの自信は無いので言わなかったが、検査の道具については、色々と調べてミィレにも心当たりがあるものだ。あれなら、特に問題が起きることも無いだろう。

 微かに痛む喉に手を当てながら、ミィレは白峰の無事を祈った。

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