異世界病気事情
今回から新章です。
流行性感冒編。章の名前、これでいいのだろうか?
後から白峰達が思い返すに、事件の前兆としては、それはあまりにもささやかだった。
「えっきし!」
渡界管理施設にて。白峰は盛大にくしゃみをした。
「白峰はん。おどれ、どこぞのコメディアンみたいなくしゃみやな」
笑いながら、佐上がツッコミを入れる。海棠も同じ感想だったのか、口に手を当てて笑っていた。月野も、ぷるぷると顔と肩を震わせ、笑いを堪えていた。
「いや。すみません。何だかちょっと、今日は調子が悪いみたいで」
顔を赤らめつつ。そう言って、白峰はティッシュで洟をかんだ。
「風邪ですか?」
「今のところ、そんなに酷くもないんですけどね? 鼻づまりが」
海棠の声に、白峰は頷いた。
「本当に大丈夫ですか? 分かっていると思いますが。悪くなってきたと思ったら、すぐに報告して下さい」
「はい。分かっています」
月野からは叱責はされなかったもの。白峰は社会人として、これは失態だと思っている。自分達に課せられた責任の重さを考えると、体調管理が不十分だったと思えてならない。
「それ、互いの世界に大変な病気を持ち込んだりしないようにっていう理由からでしたっけ?」
「はい、その通りです」
海棠の確認に対して、月野は頷く。
「まあ、でも大丈夫なんとちゃうか? ここにいるみんな、予防接種しとるわけやし」
「だと、いいんですけどね」
外交関係者以外に、互いの世界を行き来している警察官や記者なんかも、予防接種はしていた。
「ただ、近頃は異世界側でも風邪が流行り始めたと聞きました。あちらの世界でも、ワクチン接種に相当する技術はありましたが。ウィルス性のものに対応出来ているかというと、怪しいです。季節性の風邪というのが、地球で言うインフルエンザに相当するものなのかも未確認ですし」
「その話も聞いたけど、あまり酷い風邪になることも少ないって聞いたで?」
佐上は楽観的な声を上げた。
「それはそうですが。用心に越したことはありません。特に、それが本当にインフルエンザのようなものだとしたら、我々にとってはかなり危険な可能性もあります」
「まあなあ。いくら予防接種しとっても、抗体が違っていたりしたら、どうしようもないしなあ。それこそ、スペイン風邪みたいなことになっても不思議ではないっちゅう」
「その通りです」
インフルエンザについては、地球上から持ち込まないように、そこは予防接種で可能性は抑えられている。ただし、逆の方法は今のところ用意されていないのだ。
「あの? そういうこと言われると、自分は恐くなってくるんですけど?」
「一応、それでも対応する方法は検討されています。ですが、それも早ければ早い方がいい。だからこそ、もしも単なる風邪とは違うと思い始めたら、すぐに報告して下さい」
「はい」
風邪とは違う寒気を白峰は感じ始めた。
「しかし、少し話は変わりますけれど。あちらの人達ってみんな健康的ですよね。それこそ、予防接種はして貰っていたとはいえ、インフルエンザになった記者の人達とか、聞いてないですし」
「そういやそうやな。お医者さんはおるけど、あまり混雑はしてないって話。うちも聞いたことあるで? それでか、町に病院も日本に比べたら少ない気がする。逆に、あっちから日本に来た記者の人達、病院の多さや混雑を見て驚いたそうやな」
不思議だと、佐上と海棠は首を傾げた。
「それなのですが。ちょっと気になる話を私も聞いたことがあります」
「どんな?」
「遺伝子解析の結果なのですが、あちらの人達ってひょっとしたらかなり免疫力に優れた人達なのではないかという学説です」
「マジで?」
驚いた声を上げる佐上に対して、月野は頷く。
「私も詳しい話は分からないのですが。ヒトの免疫系に関係していそうな遺伝子では、他と比べて相違点が多いそうです。また、実際にリンパ球などの活動状況を調べたりすると、地球の人達よりも活発に働いているのだとか」
「らしいですね。あくまでも噂ですが、ひょっとしたらバイオ兵器を使用したとしても大丈夫なのではないかとか。進化の由来が検討付かなくて、そこはあの世界の古代技術で遺伝子改造されているのではないか? みたいな話も出ているくらいです。ともあれ、生物、医学関連のホットな話題だそうです」
鼻声でそう説明した後、白峰は再び洟をかんだ。
「白峰はん。ほんまに大丈夫か? ちなみに、あっちの世界では、風邪ひいたときとかその予防とかどないしとるんや?」
「基本的なところでは、日本の民間療法とあまり変わらないように思います。温かくして寝る。水分を多めに摂る。とか? 特に、この季節だと風邪に効く薬草として知られる野菜が多く出回っているそうで。それで、鍋物にしているとか。そんな話をミィレさんから教えて貰いました。というか、季節が季節なので作って食べろと強く言われました」
「ほ~ん? で? 自分で作ってみてどうやった? 美味かった? あ、後でうちらにもレシピを教えてくれへん?」
「レシピは後で教えます。味は、すみません。まだ試していないので分かりません」
頭を掻いて、白峰はそう答える。「君という人は」と、月野が渋面を浮かべてくるのが見えた。
「すみません。今日は、それ作って食べることにします」
「そうして下さい。折角の好意を無下にすると、ミィレさんも怒りますよ? 今回は、黙っておきますけど」
乾いた笑いを白峰は浮かべた。
「でも、これで食中毒とか起こしたら、それはそれでギャグですよね」
そんな海棠のツッコミに――
「いくらなんでも、そこまで酷くはないと思いますけど?」
白峰は唇を尖らせるが。他の面々からの視線は冷ややかなものだった。