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帰ってくる人

 長期休暇が終わって、すぐに仕事モードに移れるかというと、なかなかそういう訳にはいかない。

 異世界がお祭りモードということもあってか、渡界管理施設の外務省部屋は少し緩んだ空気が漂っているのではいだろうか? そんな風に、佐上は思う。


 白峰は比較的シャキッとしていて、そつなく仕事をこなしているようには思う。しかし、時折物思いに耽っているのかのような、そんな上の空の表情を見せていた。

 海棠も白峰と同様だ。集中しているときは脇目も振らずにタイピングに没頭しているものの、ちょっと休憩みたいな感じになると、そこからが長い。

 そして、佐上は惚けっとした頭で仕事を進めていた。どうしても集中力が続かない。


 この部屋の空気も、明日になって、あのクソボケ鬼畜眼鏡が帰ってきたら、ちょっとはピリッとするんだろうか? そんなことを佐上は思う。

 しかし、それを素直に歓迎出来るかというと、佐上は憂鬱になる。


 昼休みになり。佐上は大きく溜息を吐いた。

「佐上さんもあまり気が乗らない感じですか?」

「あはは。分かる? どうもなあ、あれこれと考えてしもうてな?」


「月野さんなら、きっと大丈夫ですよ。確かに、あれは私も聞いて驚きましたけど。前にも言いましたけど、別に怒っていませんでしたから」

「うん。それも聞いた。聞いたんやけどなあ」

 佐上は苦笑を浮かべる。


 海棠にこの一件について知られていることも、心配いらないと何度も言われてもつい考え込んでしまうことも、どうにもばつが悪い。

 ちなみに、白峰は打ち合わせの為に席を外している。佐上と海棠以外に人はいないので、この話をしても問題は無い。


「あいつのことや。多分、それで怒ってくるってことはないやろ。流石にうちも、分かっとる。せやけど、問題はそれであいつが余計に傷付くような目に遭ったらどないすればいいかって話や。いやほんま、どないしたらいいかな? めっちゃ落ち込んでいたら、それはそれで扱いに困るし。責任感じてまうわ」

 そう言うと、海棠は腕を組んで虚空を見上げた。


「落ち込んで凹んでいる月野さん。うーん、想像付きませんね」

「いやいや? ああいうのが、危ないねんて。一見、平気な顔しておいて色々と溜め込んでしまいそうな? 安心していたら、いきなりぽっくり倒れそうで」


「何となく、言いたいことは分かります。月野さんて、そっちタイプですよね。まあでも? あの人もいい大人なんだから大丈夫じゃないですか? きっと、佐上さんの思った通り、自分で自分の気持ちの整理くらい、つけると思いますよ」

「だといいんやけどなあ」

 またもや佐上は溜息を吐く。


「それでも、落ち込んでいたらどないしたらいいかなあって」

「つまり、どうやって慰めたらいいかっていう話ですか?」

 「そうそう」と、佐上は頷く。

 対して海棠はにやりと笑みを浮かべた。


「それなら、男性向けに良い方法があります」

「言うてみ?」

「はい。何も言わずに胸に顔を埋めるように抱いてよしよししてやればいいそうです。友達が言ってました」


「不許可! なんでうちが、あいつにそんな真似したらなあかんねん。慰めるとか、責任取れとか言われても、流石にそこまではやらんわ。うちの胸はそんな安くないんや」

 ついでに言えば。それが出来るだけの包容力も無い。物理的な意味で。佐上はそんなツッコミを自身に入れた。

 「まあ、そうですよねえ」と、海棠は笑う。彼女が冗談で言ったことくらいは佐上も分かる。


「でも、やっぱり大丈夫じゃないですか?」

「何で、そんな事言えるんや?」

「だって、ねえ?」

 そう言って、海棠はじっと佐上を見詰めてきた。


「何やねん? うちが、どうかしたか?」

「いえ? 何でもないですよ。何となくです。何となく」

 分かったような顔をして笑みを浮かべる海棠に、佐上は口を尖らせた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 その翌日。

 佐上が出勤すると、月野は既に来ていた。白峰と海棠はまだ来ていない。

「おはようございます。今日は早いですね」

「ああ、お早うさん。お前、いつもこんな時間に来ているんか?」


「とはいっても、15分前ですよ。常識的な範囲だと思いますが?」

「まあ、そうかも知れんけど」

 ちなみに、佐上が出社するのは概ね始業5分前くらいだ。朝の数分は貴重である。


「白峰君も、もうじき来ると思いますよ」

「そういや、あいつもいっつも先に来とったな」

 佐上は頭を掻く。何ら疚しい真似はしているつもりは無いが、社会人として何か負けたような気がして居心地が悪い。


「な、なあ? おどれ、青森に帰省したんやろ? ちょっとは、こう? ケジメみたいなもん、ついたか?」

「ひょっとして、それが訊きたくていつもより早く来たんですか?」

 月野に訊かれて、佐上は顔を赤くする。

 そんな佐上を月野は無言で見詰めてきた。


「何やねん? 何か言えや」

 佐上が言うと、月野は肩の力を抜いたように、笑みを浮かべた。

「私なら大丈夫ですよ。お陰様で、色々と心の整理は付きました。ありがとうございます」

 彼の笑みは、作り笑顔なんかじゃない。とても自然なものに見えた。


「そうか? そりゃあ、よかった。うん。うちも、安くない金を出した甲斐があったっちゅうもんや。うん。ほんまに良かったわ」

 腕を組んで、佐上は大きく頷いた。

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