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異世界初詣:海棠文香

 これは、失敗したと海棠は後悔した。追い詰められていたとはいえ、我ながら相当に判断力が低下していたとしか思えない。

 というか、相談相手が悪かったと思う。如何にもそういった機微に疎そうな月野に相談すべきではなかった。

 イル=オゥリを始めとしたイル一家に囲まれながら、海棠は彼らと共に大通りを歩き、教会を目指す。飾り立てられた山車のパレードを眺め、時折屋台に立ち寄って。そんな具合にゆっくりと進んでいく。年明けまでは、残り数時間といったところだ。


 何でこんな事をしているのかというと、それは勿論仕事の為。取材である。それがどうしてこういう話になったのかというと。まず、海棠は以前から若者は恋人同士で行くものだと聞かされていたため、イルと二人っきりだとそういう誤解を彼に与えかねないと懸念していた。故に、あくまでも取材であるということを強調するため「一般家庭の年末年始の過ごし方を知りたいのだ」と言って、彼の家族を巻き込んだのだった。


 思いっきり裏目に出たと思う。確かに、イルに違和感なく協力を頼むことは出来た。頼む理由は作れた。そこまではいい。

 しかし、以前から個人的にお付き合いがある女が、相手の家族と一緒に行事に参加したいなどと頼んだらどうなるか? 色々と話がすっ飛んで誤解されても仕方ない。

 時折向けられる、イルの両親や弟妹達から向けられる優しく温かい視線が、海棠の胸に突き刺さった。


「ごめんなさい。ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」

 あぅあぅと呻きながら、海棠はイルに謝る。同時に、こんな案を提案してきた月野を激しく胸中で罵倒する。

『ダイジョウブ タダシク セツメイ シマス。キニシナイデ ホシイ。コチラコソ カゾク スミマセン』

 とは言いながらも、イルも流石に動揺を隠しきれない様子である。何かと、そわそわしているのが見て取れた。


『ソレヨリ シュザイ ウマク ススム デスカ?』

 イルからの問い掛けに、海棠は頷く。

「はい。そっちの方はお陰様で。屋台の様子とか、色々と撮れました。ご家族揃ってだと、やっぱり色々と変化があって、お祭りを楽しんでいるっていう感じがして自然な気がします。良い記事が書けそうです。皆さんには感謝してます」

『ソウ ソレハ ヨカッタ』

 嬉しそうに、イルはほころんだ顔を見せる。取りあえず、この状態に気を悪くした感じないようなので、そこは海棠も安堵した。


『ネエ? ニホン トシ オワリ ハジマリ ドウ スゴス? オシエテ ホシイ』

 海棠とイルの少し前を歩いていた、イルの母親が振り返り、海棠に訊いてきた。

『コノヨウナ マツリ アル キイタ。ホントウ デス カ?』

「はい、そうです。お祭りとは少し違うかも知れませんが、皆で集まってお祈りとかします。場所や人によって、過ごし方は色々ですけれど」


『カイドウ。キミ モ ニホン カゾク イッショ スゴス?』

「いつもなら、そうですね。でも、去年はその時期は忙しかったので帰りませんでした。でも、私の家はゲートから遠くはないので、ちょくちょく帰ったりもしていますから」

『ソウ。ナラ、オイノリ モ?』


「そうです。私の家の場合、こうして、夜には行かないですが。でも、年が明けたら朝から昼にかけて行ったりします。その後は、だらだらとしてます。あ? でも、それも働き始める前まででした。今だと、普通にこうして、仕事していたりします」

『タイヘン デスネ』

「いえいえ。分かった上でやっていることですから」

 それに、この仕事は嫌いじゃない。海棠は笑顔を浮かべて返した。


『ニホン トシ オワリ ハジマリ トクベツ リョウリ アル デス カ?』

「ありますよ。おせち料理っていう料理があります。他にはお雑煮とか。我が家では、あまりしないんですけどね」

『ナゼ?』


「おせちは真面目に作るとちょっと大変だったり、難しかったりするので。お店から買っても、子供だった頃の私はあまり美味しいとは思えなかったから、いつの間にか別にという感じになりました。なので、私もおせち料理は作れません。お雑煮なら、勉強すれば作れるようになると思いますけど」

『オセチ オイシク ナイ? ナゼ?』


「元々、お正月をだらだら過ごすため、日持ちするようにした料理なんです。なので、味が濃いものが多いんです。色々と、日本でお目出度いとされている食べ物も使っているんですけど。大人向けの味付けのものばかりなので。それがちょっと、子供だった頃の私が苦手になった理由です」

『オゾウニ ドンナ リョウリ?』

「魚介のスープに、お餅や鶏肉、他には色々と野菜を入れた料理です」


『ザラーハ ニテル?』

 聞き覚えが無い単語に海棠は小首を傾げた。翻訳機がそのままの響きを伝えてきたということは、まだ登録されていない言葉か、あるいは固有名詞なのだろうが。


「ザ、ラーハ?」

『オゾウニ ニテイル カモ リョウリ。コチラ サカナ ヤサイ スープ。アタタカイ』

 海棠の隣で、イルが説明してくる。

 その通りだと、彼の両親達も頷いてきた。


『キョウミ アル? ヨケレバ オイノリ アト ウチ キマス カ? ザラーハ タベマス カ?』

 その申し出に、海棠は少し考える。

 異世界の年越し料理については、確かにまだ取材していなかった。ここで、そういう家庭料理を記事にするというのは良いネタになる。


「はい。ありがとうございます。喜んで」

 そう、海棠は笑顔で返事した。

 また、イルの両親も、ちらりと振り返って微笑みを浮かべる。

 その笑顔に、海棠は再び後悔した。笑顔を貼り付けながら思う。駄目だこれ。つい、好奇心優先で頷いてしまったけれど、外堀をまた一つ埋めてしまったかも知れない。

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