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帰郷:佐上弥子

 「なぁんで、こうなるかなあ」と、内心ぼやきつつ、佐上は会社へと訪れた。頼まれ事を断れない、自分の人の良さが恨めしい。

 折角の長期休暇であり、別に休みの日に会社に行く義理は無い。だが、「帰省します」と社長に伝えたところ、そこから他の社員達にも伝わってしまった。本当に、こういうところで口が軽い社長だと思う。


 さて、そうなったらそうなったで、「東京の美味しいお土産をよろしく」「金はこちらが出す」「お駄賃も込みで」などと一斉に頼まれてしまった。ほんまに、遠慮が無いというか、図々しい奴らだと思う。

 が、そこまで佐上としては嫌な気分でも無い。これが付き合いの薄い、今どきの会社だったなら「マジでふざけんな」と一蹴していただろう。自分はパシリじゃないんだと。それでも、こうして彼らの頼みを聞いたのは、そうしてやりたい程度の仲間意識があるからだ。


 高校や大学の友達の話を聞くに、つくづく希有な職場だと思う。昭和の会社って、こういうところが多かったのだろうか? だから、当時のお父さん達は好き好んで会社に行って、しょっちゅう社員同士でつるんでいたのだろうかと思う。まあ、そうして会社しか生き甲斐が無くなってしまったお父さん達は、定年後にやること無くて苦労したとも聞くが。

 リクエストされた、山盛りのお土産を手提げ袋に入れて、佐上は部屋の中へと入る。

 久しぶりなせいか、少し緊張する。


「あ。ええと。お疲れさん。佐上です。東京からのお土産、持ってきました」

 一斉に突き刺さる視線に気圧されながらも、佐上はぎこちなく笑い、頭を下げた。


「おおおおおおぉぉぉっ!? 佐上さん? お土産? 有り難う」

「お久しぶりです! 元気でしたか?」

「変わりないようで安心しましたわ」

 和やかな歓迎ムードに包まれ、佐上は緊張が解れるのが自覚した。ホッと、笑みを漏らす。


「変わるも何も、当たり前やん。うちがあっちに行って、まだ一年も経っとらんのやで? そうそう変わってたまるかい。あ、お土産は休憩室に持っていくから、後で確認してな?」

 と、言っているのだが、何名かの男女が寄ってくる。その視線は紙袋に向いていた。


「ちょっ!? 待て! おどれら、待ていっ! ステイっ! ステイっ!」

「駄目です。待てませんっ!」

「あああああああぁぁぁっ!?」


 映画に出てくるゾンビの群れの如く、彼らは一斉に佐上が持つ手提げ袋へと襲いかかってきた。佐上の抵抗も虚しく、紙の手提げ袋はあっという間にボロボロにされ、中身を取られた。

 彼らが歓声を上げる。「これだよこれ! これが欲しかった!」などと。クリスマスプレゼントを贈られた小さな子供でもそうは喜ばんだろというくらいの喜びようだった。


「お前ら、ちょっとは静かにせんか!」

 一喝して、柴村社長が社長室から出てくる。とはいえ、彼の顔には笑みが浮かんでいた。

「あ、社長。お久しぶりです。頼まれたお土産、買ってきました」

「おお、佐上。ご苦労さん。様子は報告で聞いていたが、元気そうで何よりや。安心したで。お土産の領収書は持ってきたよな? ちゃんと、駄賃ははずむで?」

 柴村の言葉に佐上は笑いながら無言で頭を下げた。


「いや~? でも、うちもこっち、顔を出してみて安心しましたわ。みんな、変わって無さそうで。ああ、でも連絡は取っていましたけど、何か変わりありました?」

「これといって、問題は無いな。相変わらず忙しいのは忙しいが、活気があってええことやわ。新しく採用した人達もおるから、彼らとも挨拶して欲しいけどな」

 柴村に言われ、佐上は振り返る。見て見ると、確かに東京へと出る前には見なかった顔が何人かいる。少しだけ遠巻きに、佐上の様子を伺っていた。


「分かりました。後で、挨拶させて貰います。それと、来月からは新入社員も来るんですよね?」

「ああ、新社会人のな。いや、ほんま。応募が殺到してな? 選ぶのに苦労したわ。こんな優秀な人ら、雇っていいんかと恐くなったくらいや。マジで、出来るものなら全員採用したかった」

 今でも惜しいと思っているのか、柴村は大きく溜息を吐いた。

 とはいえ、身の丈に合わない急拡大や大量採用をしたところで、今度はそれが理由で倒産というリスクもあるわけで、そこは柴村も現実を見ている。


「ふむ? しかし、なんやな?」

 柴村は顎に手を当てて、視線を佐上の足元から頭の先へと移動させた。

「何ですか?」


「お前、やっぱり少し、綺麗になったんとちゃうか?」

「いえ、気のせいです!」

 きっぱりと、佐上は言い切った。変に弄られるのは嫌だったので、化粧は最低限に控えている。


「いや? そんな事はないと思うで?」

「どこがですか?」

 言えるものなら言ってみろと、佐上は思った。


「全体的に引き締まったというか。特に腰の括れあたりが、プロポーション良くなったな」

 途端、佐上の顔が引き攣る。

「ああっ!? 確かに。去年より佐上さんのウエスト、細いっ!」

「ちょっと~。社長。それ、セクハラですよ~」

「いやでも、本当にスタイル良くなってる」


 背後で湧き上がる野次を聞きながら、佐上は思い当たる節を自覚する。異世界で、海にバカンスに行こうとなって以来、弛んだお腹を引き締めるべく運動は続けていたのだった。その効果はバッチリと出ていたという事だろう。


「それと、化粧のセンスも、ちょっと変わってないか? 手抜きをしているようで、要所は押さえているというか、基礎的な力が底上げされているような印象や」

 それも、佐上には少し自覚はあったりする。ルウリィと意見交換をしているうちに、メイクの個性も変わってしまったのだった。それは、漫画家やイラストレーターが個性を身に付け、画風が変わるようなもので、今から元に戻すのも難しかったりする。


「やっぱりあれか? これは、恋した女は綺麗になるっちゅう話か?」

 その言葉に、佐上の頭に一気に血が上った。

「ざっけんなやあああああああああああああああぁぁぁぁぁっ! 誰があのど腐れ眼鏡に恋なんかするかああぁぁぁぁっ!!」

 気がついたときにはもう遅く、佐上は思いっきり柴村に怒鳴っていた。

 一方で、柴村は真顔を浮かべる。


「お前、社長にそういう口の利き方するんやったら、お駄賃は無しにするぞ?」

「すみませんでした。それは勘弁して下さいっ!」

 柴村技研に佐上の悲鳴と笑い声が響いた。やっぱりこの会社、アホばっかりやと佐上は思う。

佐上「アットホームな職場です」

柴村「ブラック企業みたいやから、外では言うなや」

佐上「ほんまのことやないですか」

柴村「どっちの意味でや?」

佐上「(口笛を吹く真似)」

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