帰郷:白峰晃太(3)
白峰は団子と甘酒を手に、公園内に置かれたベンチに座った。隣には麻見も座っている。団子と甘酒は、どちらもここに来るまでに見掛けた屋台で買ったものだ。
「でも、本当に驚いたなあ。まさか、こんなところで白峰君に出会うとは思わなかったから。どうして、ここに?」
「あっちの世界が、年越しシーズンなんだよ。それで、向こうの人達もこっちで言うお盆と正月みたいな過ごし方をするそうだから。だったら、この際だからこっちも交代で休みを取ろうという話になった」
「ああ、そういえば外務省のwikiにもそんな紹介が載っていた。なるほど、そういう訳なんだ。じゃあ、こっちのお盆や年末は? 帰ってきたの?」
白峰は首を横に振る。
「いいや? ずっと向こうにいた。夏は夏で、これからどうやって向こうとお付き合いするか手探り状態で、年末の頃はプログラミング魔法関連の対応でそれどころじゃなかったよ。ああ、そういえばマスコミ関連での騒動もあったか」
乾いた笑いを白峰は漏らした。懐かしむというほどの昔の話でもないが、色々と濃密な時間だったとは思う。
「あ、やっぱり忙しかったんだ?」
「忙しかったと思う。まあ、どこの管轄の人もそうなんだけど」
「仕事は、大変?」
「まあね。でも、やり甲斐は感じている」
頷いて、白峰は団子を一口頬張った。もっちりとした食感と、上品な甘みが口の中に広がり、穏やかな春をより感じさせてくるような気がした。
ふと、横目で視線を麻見に向けると、彼女は上機嫌に見詰めてきていた。それが何故か無性に気恥ずかしくて、そそくさと白峰は桜へと視線を戻す。
「とすると、白峰君が帰省するのって今みたいな時期になるの?」
「帰るなら、そうかな? 今までほとんど帰っていなかったから、次はいつ帰ってくるか分からないと思うけれど」
「何で? 実家嫌いなの?」
「そういう訳じゃないんだけど。たまに親とは連絡も取っているから、あまり帰る意味も無いような気がして。それを考えたら、移動せずに一人でごろごろしたいっていうだけ」
「親不孝な息子だね」
半眼を向けてくる麻見に、白峰は軽く呻いた。
「あ~? 実を言うと、向こうでも、そんなリアクションが返ってきたから、帰ってきたんだ」
「居づらくなって逃げてきた?」
「かも知れない。まあ、その人も、今度久しぶりに実家に帰るって言っていたから。そこはおあいこだと思う」
「おあいこって、勝負なの?」
呆れたような声を麻見は上げた。
「何だか、動機に変な見栄というか意地があるように思うんだけど?」
麻見の言葉に、白峰はむっと顔をしかめた。
「図星っぽい」
「五月蝿い」
そう返してしまって、それこそ指摘を認めたような気がしてしまったが。
「というか、自分の話ばっかり聞いているけれど、そっちの方の話も聞かせてくれないかな? 不公平だ」
「露骨に話を逸らすわね? ま、いいけど。でも、何も面白い話なんて私持ってないわよ?」
「そうかな? 自分にしてみたら、どうして麻見さんがこんな平日の真っ昼間から一人で花見に来ているのか謎なんだが? 自分みたいに、時季外れに帰省して両親も仕事に出てしまったから、手持ち無沙汰に桜でも見てぶらぶらしようってな具合にも思えないから。もっとこう? あれだ、花見に来るなら、休日に彼氏と一緒にというタイプだろ?」
「え~? どうして?」
「高校時代。いつもしょっちゅう告白されて、困っているっていう愚痴を聞かされたから。知っている男子も、軒並み撃沈していたしな」
「私、そんな尻軽女じゃないんだけど?」
「知っているよ。だから、当時は困っていたんだろ? 振られた連中の話はよく聞いたけど、実際に付き合っている奴がいるみたいな話も聞いた覚えが無い。ただまあ、そんな感じだから、彼氏を作るのには苦労していないだろうと。そう思っただけ」
「なるほどね。でも、それなら逆に、私が彼氏とかいないのも分かりそうなもんだと思うけど?」
「いないの?」
「いないの」
麻見は大きく溜息を吐いた。
「流石に、何人かお付き合いさせて貰ったことはあるけれど、あまり長続きはしなかった。どこか、本気になれないみたいでさ? それで、どうしても少しずつ淡泊な付き合いになって、別れる。それの繰り返し。数週間前にも、それで別れて、流石にちょっと落ち込んでいる。んで、花を見ながら酒でも飲んだら少しは憂さ晴らし出来るかなって。そんなオヤジクサいこと考えて、有給取って来たっていうのが、今ここ。幻滅した?」
「しない。幻滅するほど美化していないつもりだし、そりゃあ、人間生きていれば色々あるって思うから」
「そっか」
嬉しそうに、麻見は笑った。
その笑顔は、魅力的なものに白峰には思えた。そう思ってしまうのも、春だからなのだろう。
ぐいっと、麻見は甘酒を飲んだ。少しだけ顔が赤くなった気がする。
「ねえ? 白峰君には、今好きな人とかいる?」
唐突なその質問に、白峰は押し黙った。
何かが湧き上がりそうで、でも胸につかえて言葉にはならない。そんな感覚。
強い想いを宿した麻見の視線を感じながら、無言で白峰は桜を見詰め続けた。どれだけ返す言葉を探しても、見付からない。
やがて、諦めたように麻見は軽く息を吐いた。
「いや、いいわ。何だか、分かった気がする」
「ごめん。自分には、よく分からない。だから、そんな事を訊かれても、答えられない」
「あ、そう」
麻見は鼻で嗤ってきた。
「だから、あの? 言っておくけれど、これは本気で分からないんだからな? 自分は、真剣に答えている」
「でしょうね? まったく。高校の頃から、少しは成長しているのかと思ったら。白峰君は相変わらず白峰君か」
やれやれと、麻見は肩を竦めた。その様子を見て、白峰は何故か、無性に胸が締め付けられるような気がした。
「ごめん。いや、何がごめんなのか、自分にもよく分からないけど」
「いいよ。分からなくて」
そう言って、麻見は何かが吹っ切れたように笑った。
「でも、いつかは分かった方がいいと思うよ? でないと、後悔するから? これ、友人としての忠告。よく覚えておきなさい?」
「分かった。覚えておく」
人差し指を立てて言ってくる麻見に、白峰は深く頷いた。
「それで? 私のことは少しは話したから、また異世界について聞かせて欲しいんだけど? いいでしょ?」
「勿論、いいけど。それで? 今度は何について聞きたい?」
「そうね。やっぱり、魔法について――」
それから、日が暮れるまで白峰は麻見と話し合った。ここで話をした時間は、それだけで高校時代の頃を越えているだろう。それでも、こうして盛り上がれることを考えると、当時に彼女にもっと絡んでいれば、また別の人生があったのかも知れない。そう、白峰は思った。
すみません。
頑張ったのですが、応募作の進捗状況が想定よりも遅れているので、しばらくは投稿ペース落ちるかも知れません。
4月になれば元に戻ります。
「この異世界に」のプロットの方はラスト前まで含めて、より具体化出来たので、失踪は無いはずです。