帰郷:白峰晃太(1)
白峰が帰郷すると、少し意外なことに東京と同じくらいの桜の開花具合だった。
一般に、桜前線は西日本から順に東へと移り変わっていくと考えていたのだが、気温の差なのか東京と鹿児島ではそれほど差は無いようだ。
白峰は高校を卒業して、東京の大学に進学してからはほとんど帰省していない。大学を卒業して、外務省に就職する直前に少し戻ったきりだ。就職先が就職先なので、この先滅多に帰省することは出来ないだろうからと、そのときは思った。
流石に、夏の頃に有ったマスコミ騒ぎも落ち着いた。当時は、タクシーを使わないととてもじゃないけど外務省本省まで戻れないという有様だったのだが、今はこうして一人で出歩いても囲まれることは無い。
自分の顔なぞ、既に世間は忘れ去っているのだろうと白峰は思った。
空港、電車、バスと乗り継いで、実家へと向かう。
移り変わっていく街並みを眺めながら、流石に東京の都心に比べれば寂れているように感じるなあとか。白峰はそんな事をぼんやりと思う。もっとも、今見ている街並みの方が、日本では普通だろうとも思うが。
バスを降りて、町を歩いて、実家へと辿り着く。割と朝早くに出たつもりだったが、到着した頃にはもうじき夕方に差し掛かろうかという時間になっていた。東京から鹿児島空港まではさほど時間が掛からないのだが、空港からの乗り継ぎの方が時間が掛かった。
ごくごく普通の住宅街に埋もれる、ごくごく普通の一軒家。生まれ育った頃から何も変わらない家。
「ただいま」
白峰は久しぶりに使う家の鍵をドアに差し込んで、家の中へと入った。土曜日なので、日中でも両親は自宅にいる。
どたどたと足音を鳴らして、母親が出てきた。久しぶりに直に顔を見たせいか、少し老けたように見える。とはいえ、ほとんど変わりも無いように思えた。
「おかえり。結構時間掛かったじゃない。絡まれたりとかしたの? あんた、有名人だから」
「いつの話をしているんだよ? 全然、そんな事は無かった。平穏無事なもんだったよ?」
「そうなの?」
そうだよ。と、白峰は頷く。
玄関で靴を脱いで、家の奥へと向かう。
居間へと辿り着くと、中には父親がソファに座ってテレビを見ていた。
「ただいま」
「おう、おかえり。なんだ、忙しいと聞いていたが、思っていたよりも元気そうじゃないか」
「まあね。実際、一月前まではとんでもない忙しさだったけれど、今は少し落ち着いたよ」
「そうか」
息子が無事そうなら、それでいい。それが確認出来ればすべて満足だと言わんばかりに、父親はテレビへと視線を戻した。
昔から、変わらないなと白峰は苦笑しつつ、居間の片隅へと荷物を置いた。再び東京に戻るまで、恐らくこの荷物はずっとここが定位置だ。実家を出て以降、自室はとっくに物置部屋へと変わっている。
「ああ、あと母さん。これ」
白峰は母親に紙袋の手提げを渡した。
「はい、お土産」
前に帰ってきたときは、何も土産は持って帰らなかった。そのことに母親は大いに不満をぶちまけてきたのだった。なので、今回は同じ轍を踏まないようにしたのである。
「どれどれ?」
が、紙袋の中身を見るなり、母親は渋面を浮かべた。
「何これ?」
「何って? 東京土産の定番なお菓子を適当に選んできたんだけど?」
「こんなの、通販で幾らでも取り寄せられるじゃないの。もっとこう、そういうのじゃなくて、東京ならではみたいな、東京でしか食べられないようなものにしなさいよ。何であなた、そんなにも気が利かないの? 外交官って気遣いが大切なんでしょ? そんなことでこの先やっていけるの?」
「じゃあ、どんなのがいいのさ?」
正直言って、リクエストも無しにそんな事言われても、困ると思う。
「そうね。例えばこないだ、テレビでやっていたんだけれど――」
そういう店って、いつも行列作ってんだけど? とっとと移動したいってときに、そこまで寄り道して並べというのか?
口に出しては言わないものの、白峰は半眼を浮かべる。
「そんな気遣い出来ないから、女の子にモテないのよ」だのなんだのと、そんな説教を聞き流しながら。白峰は父とは少し離れて、ソファに座った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌日。
家族揃って白峰は道場をやっている親戚の家へと白峰は向かった。
大体の親戚は近所にいるので、彼らも集まっている。流石に、いつもはこんな事は無いのだが、白峰が久しぶりに帰省するということで集まったのだった。
それで、始まるのは「どれ? 鈍ってないかいっちょ確認してやろうじゃないか」という仕合である。この血筋って、つくづく戦闘一族だよなあと白峰は思う。
「さて、次は私の番ね」
白峰より少し年上の従姉妹が白い歯を見せて、手合わせを求めてきた。浮かべているのは、本人としてはにこやかな笑みのつもりかも知れないが、白峰には餓狼が舌なめずりしながら犬歯を見せているようにしか思えなかった。
この従姉妹は、警察に勤めていて、前回も県警の大会で入賞しているような女性である。少年時代は一度も勝てた覚えが無い。
道場の中央で、道着を着た白峰は、無言で彼女と相対する。
今日は、どこまで通じるか? 白峰は全身へ静かな闘争心を満たした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
結果は、辛勝だった。
だが、白峰にしてみれば、彼女に対して人生で初めての勝利である。その日、親戚一同は湧いた。
白峰は異世界の夏に、ミィレが使った護衛術の技を少しずつ学んで取り入れたのだが、それが効いた。
その後は夜まで、どういう技なのか教え、また共に練習するという時間となった。




