これまでの歩みと思い出。そして……
今年一年を振り返って、各人何が思い出深かったか?
その発表会は、続いていく。
「私は、やっぱりスキャンダル事件ですね。まさか、自分が書いた記事が切っ掛けで。ああいえ、差し替えられたんですけど。でも、それがあんな大事になるとか、思いもしませんでしたよ。何だかんだで、こうしてここで働かせて貰えるようになったっていうのは、人生分からないものだなあって意味も含めて、嬉しく思いますけど」
海棠ははにかみながら、そう発表した。
確かにと、それを聞いた一同が頷く。
「じゃあ、次はセルイね。あなたはどうだったの?
「そうね。色々と有るけれど、コンピューターの存在を知ったことかしら? 異世界にはあんなものがあるなんて、本当に驚きだったわ。ミィレも、そうじゃない? 仕事のやり方とか、かなり変わったと思うけれど?」
「確かにそうですね。一番思い出に残ったという意味では、やっぱり私もお嬢様やシラミネさんと同じく、初めての会合になるんですけれど。毎日、仕事で使っていて驚きの連続です」
「それは、私達もだな。あれだけの仕事をたったあれだけの時間で集計や管理出来るようになるとは思わなかった。君のおかげで、我々は非常に助かっているよ。いつもありがとう」
にこやかに笑いながら、ライハがミィレに頭を下げる。
その姿に、ミィレは恐縮し、アサは「むふ~っ!」と鼻息を荒くした。アサにとっても、自慢の従者が褒められるのは嬉しいのだろう。
「あ、でもそろそろ、コンピューターの使い方は皆さんも、もう少し覚えてくれると嬉しいです。セルイさんやディクスさんはまだいいんですけど」
「そうね。特にライハ? あなた、あまりにもアサに頼りすぎよ。すぐに何かあったら『助けて』『何もしていないのに思うように動かない』って」
アサに責められ、ライハは呻く。
「それはその。面目ない。でも、どうしてもなかなか覚えられなくて。こういうのは、人によって向き不向きがあると思います」
「なんや? 日本でもよく見掛けた話やなあ。奥さんに任せっきりでビデオデッキの使い方が分からん旦那さんとか、パソコンの使い方分からんで、全部仕事を若い新人に押し付ける管理職とか」
「どこの世界も一緒なんですねえ」
ライハの訴えに、しみじみと佐上と月野は頷いた。
「でも、パソコンが苦手やったら、ミィレはんだけやなく、そこの広域破壊魔法兵器拡散防止機構の人達にも教えて貰ったりはせんの? その人ら、うちがみっちりと仕込んだし、覚えも良かったと思うで? ミィレはんよりも、詳しいんとちゃうか?」
「そうですね。確かに、詳しいです。時間さえあれば、パソコン関係の勉強もされているようですし」
ミィレも佐上に同意する。
広域破壊魔法兵器拡散防止機構の面々は「どんと来い」みたいな表情をライハに向けた。
しかし、ライハは半眼を浮かべる。
「それがですね。話が高度すぎて全然着いていけません。もう少し、手加減して欲しいんですが」
「それも、パソコンあるあるやなあ。ちょっと詳しい人が、教えたがりになって次々と説明して、教わる方が置いてけぼりみたいな?」
「歴史って、繰り返すんですねえ」
再び、しみじみと佐上と月野は頷いた。
「じゃあ、しゃあないなあ。時間の都合が付くことあったら、一度うちが説明しようか?」
そう、佐上は申し出たが。
「それ、あの方達にされたことと同じ事をするっていう話ですよね? 無理です止めて下さい、死んでしまいます」
顔を青ざめさせて、ライハは首を横に振った。
「佐上さん? あなた、広域破壊魔法兵器拡散防止機構の人達に、どうやってIT知識を教えたんですか?」
半眼を浮かべて訊く月野に対し。
「外交機密や♪」
佐上はイイ笑顔を返した。
思わず月野は、広域破壊魔法兵器拡散防止機構の面々に視線を向ける。
だが、彼らはそそくさと視線を背けた。その態度に、思わず月野の口から「うわぁ」という声が漏れた。
「それじゃあ、次に行くわよ? 今度は、ルウリィの番ね。あなたはどうだったのかしら?」
「そうねえ。それにしても、こういう発表って後になるほど、ネタが被って新鮮みが無くなるから困るわね。だからここは敢えて、テレビゲームについてって言っておくわ。あんなにも人を夢中にさせるものがあるなんて、衝撃的ね」
完全に同意だと、異世界の面々は頷いた。
「そうね。体験場を解放して、結構時間経つけれど、全然人気が衰えないものね」
予約場と体験場には、今日も長蛇の列が並んでいた。
「おかげで、私達の報告書を読んで、イシュトリニスでも、こっちで働きたいと言いだしてきている人達が増えたみたいよ?」
「人間、好奇心には勝てませんね」
アサの言葉に、ディクスが笑う。
「それじゃあ。今度は、ツキノね。ツキノ? あなたはどうだったのかしら?」
アサの問いに、ツキノは顎に手を当てて、しばし虚空を見上げる。
「困りましたね。実はずっと考えていたのですが、正直言って選べません。ルウリィさんじゃないですが、言えるネタがどんどん減っていくような気もしましたし」
「そんな堅苦しく考えんでもええやん? 無理に、ウケ狙おうとか欲張らんでも」
「それはその通りなのですけどね」
そう言って、月野は苦笑する。
「でもまあ。選べはしないんですけど、こうして皆さんと今年の出来事を振り返って、楽しく話せている今があるというのが、私にとっては印象深いです」
満足げに頷く月野ではあるが。
「お前、良いこと言えたなあとか思ってるやろ?」
「思ってません!」
佐上のツッコミに、月野は唇を尖らせた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
概ね、つつがなくパーティーは進行していった。
唯一、問題があったとしたら、一方の世界の面々にとっては最大のイベントとして用意されていたゲーム大会で、出されたゲームが変わったという事ぐらいだ。
アサ達は、それまでに親しんでいたマリ王カートやふよふよなどのゲームを遊ぶものとして考え、またそれに向けて練習してきた。
だが、この日持ち込まれたゲームはマリ王パーティ。マリ王とその愉快な仲間達が登場する、パーティ用のゲームが詰め込まれたゲームソフトであった。
これまでの練習が無に帰す事態になりかねない事態に、彼らは慌てた。これは大きな裏切りだ。信頼を損なう。そんな感じで、彼らから猛反発が出たのであった。
結局、それら紹介済みのソフトも遊ぶということで、すぐに話は落ち着いたのであったが。
モニターを囲んで夢中になる人達の中から、ミィレは抜け出した。
部屋の後方に置いてある食べ物や飲み物が減ってきたこと。少し、食器の補充や片付けが必要な状態になってきたこと。そんな様子を確認したためだ。
こういうのは、やはり自分の役目なのだと、彼女はそこは心得ている。
と、シラミネも彼女に着いてきた。
「手伝いましょうか?」
「え? いいですよ。そんな、悪いですから」
「遠慮はしないでください。実を言うと、これは口実で、ミィレさんに少し伝えたかった話があるんです。他の人には、あまり聞かれたくない話なので。少し、恥ずかしいですから」
「私だけに。ですか?」
小声で言って、シラミネは頷く。
ちらりと、シラミネはゲームに夢中になる人達の様子を伺って、続けた。
「実を言うと。自分にとっては、初めてミィレさんに会って馬車に乗っていたとき、笑いかけて貰ったのが一番印象深かったです。『大丈夫』『心配しないで下さい』って言って貰えたような気がして。町の様子を少しでも見過ごすまいと身構えていたのですが。おかげで、緊張が解れたというか、安心出来ました。自分が、ミィレさん達を信頼出来るって思ったのも、そこから始まって今があるのも、すべてはあの笑顔があったからだと。そう思っています。それを一度、言いたかったんです」
思わず、ミィレは目が丸くなるのを自覚した。笑みがこぼれる。
「そうだったんですね。まだ、言葉も通じていなかったのに。そんな風に思ってくれたんですね。通じていたんですね。私の気持ち」
それが、無性に嬉しいとミィレは思った。
「私も、あのときにシラミネさんが返してくれた笑顔は覚えていますよ。『大丈夫』「お気遣いなく」って言っていたように思います」
「えっ!? 驚いた。ミィレさんにも、分かっていたんですか?」
「そうみたいですね」
言葉が通じていないときから、心は通じていたということ。
二人は、声を潜めながら、笑い合った。