佐上の相談
佐上はその日、街に買い物に出かけた。他のメンバーは仕事だが、佐上は休みの日である。
飾り付けですっかり祭一色モードになった商店街を見て回って、パーティーで交換するためのプレゼントを探しに来た。
予算は数千円程度。こういう場合、貰って困らないものを購入した方がいいだろうと、佐上は生活雑貨や食品の類いを特に見て回った。
そして結局、大量の飴玉や日持ちがするお菓子が入った箱を購入した。食べてしまえば場所も取らないだろうし、色とりどりのお菓子が、おめでたい雰囲気を振りまいているように思えたのだ。実際、そういう狙いでこうして年末に売り出される商品だと、店員から説明された。
「参ったな」
佐上は自分の間抜けぶりに、汗を流した。
迂闊だった。抱えるのがやっとの大量のお菓子を胸に、えっちらおっちらと歩いて、ようやく共同の自転車置き場へと辿り着いたのだが。如何せん、買ったものが大きすぎて籠に入らないのだ。買ったものの大きさが、頭から抜け落ちていた。
籠の上に荷物を置いて、それを片手で押さえ、もう一方の手でハンドル操作すれば乗れないことはないだろう。けれど、そんな姿を警察に見付かったら、面倒なことになることは間違いない。そういう真似は、危険運転で処罰の対象だったはず。
前に白峰や月野から受けた説明から考えて、外交特権とか、そんな理屈で押し通せるはずだが、その場は良くても上に報告はされるだろう。そして、回り回ってアサや白峰、月野達にもバレるのだ。
そうなったとき、彼らからどんな目で見られることか。処罰も、されるだろう。
恐い想像が頭に浮かび、佐上は身震いする。
「うん。やっぱり、人間悪いことはしちゃいかんな」
商店街のどこかで、配達してくれるお店もあったような記憶がある。面倒ではあるが、戻ってそういうお店にお願いしようと佐上は思い直した。
と、佐上は背後から声をかけられた。
具体的に、何と言われたのか分からないが、そんな気配を感じて、佐上は振り向く。そこには、にこにこと笑顔を浮かべた男が立っていた。親しげに手を振ってくる。
はて? 誰だったか?
どっかで、見たことがあるんだよなあと悩むこと数秒。佐上は思い出す。暁の剣魚亭の料理人で、奥さんが飛行機のパイロットをしている人だった。
彼は佐上が抱えている荷物と、彼の後ろにある、荷台を取り付けた三輪車を交互に指さしてくる。
「困っているなら、それを乗せて運んでいこうか?」。そう言っているように見える。
佐上は慌てて、荷物を置いて翻訳機を鞄から取り出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その晩。
佐上は暁の剣魚亭を訪れた。翻訳機で確認したとおり、彼はわざわざ荷物を荷台に積んで、佐上の家に寄ってくれたのだった。午後の仕入れに来た主人に見付けて貰って、本当に助かったと思う。
そのお礼も兼ねて、佐上は多少の売り上げに貢献しようと来た訳であった。
相変わらず、客の入りが少ない店で、佐上はカウンターに座ってクムハ夫妻との歓談を肴に酒を飲む。ほろ酔いに止めておくし、あまり遅くまで残るつもりも無い。
「――帰る場所が無いって、どういう気分何やろうな?」
とはいえ、少々酒が回りすぎたかも知れない。ふと、会話が途切れた瞬間、気付けば佐上はそんなことを口走っていた。
『ナニカ? ナヤム ハナシ アル デス カ?』
しまったと佐上は顔をしかめるが、もう遅かった。
「ごめん。変な事言ったわ。いや? おたくらが惚気話するもんやから、ちょっと気になってしまって」
『ドウイウ ハナシ デスカ?』
少し悩んだが、佐上は軽く息を吐いて、意を決した。ここにいる人達は信用に値する人達で、自分の中でももやもやしたものを抱えていて、良い気分だとは思えない。
『うん。話すのはええけど。他の人に話すのようなことはしないって、約束してくれる?』
『アタリマエ ヤクソク スル』
そう言って、クムハ夫妻が大きく頷くのを佐上は確認した。
『うちの知り合いの話なんやけど。その人、父も母も、知っている親戚みんながもう死んでしまっているそうなんや』
『ソレハ サビシイ ハナシ デス』
佐上も同意する。
『せやな。ほんまに、寂しい話やと思う。本人は本人で、もう現実は受け止めているようやし、何も言わん。元々、地元で一生を終えるのが嫌で、それで故郷から出てきたような人間や。割り切っているんやと思う。流石に、ああなったときは少し堪えたって言っていたんや』
少し、揺れる酒の波を眺めて、佐上は続ける。
『――せやけどなあ。うちには、それがそいつの強がりにしか見えんのよ。無理矢理納得させようとしているというか。本当は、ずっとそれが心の中で引っ掛かっているんやないかって。その姿が、痛々しい気がしてならん』
『サガミ サン ソノヒト ドウナル ノゾミ デス カ?』
「痛々しい姿は、みたくないな。それだけや」
『ナラ ソノヒトハ ドウシタライイ ト カンガエテイル デス カ?』
「一度、故郷に帰って。墓参りでもして、心の整理をしたらいいと思う。ああいうのは、生きている人間の為に必要なんや。うちは、そう教えられた」
『ソレ ヲ ソノヒトニ イウ ダメ デスカ?』
「本人の心の問題や。うちが口出しするのは、お節介が過ぎると思う。そこまで仲が良いかというと、そういう関係でもないしな」
自嘲気味に、佐上は笑った。
『サガミサン オモイ イウ ソノヒト オコル ヒト デスカ?』
その問い掛けに、佐上は唇を尖らせる。
「いいや? 多分、そんなことはないと思う。実際のところ、やってみないと分からんけどな」
『キラウ サレル カノウセイ。ソレ コワイ デスカ?』
「せやな。嫌われるのは、嫌やな」
『ナラ マタイッカイ シツモン シマス。サガミサン ソノヒト ダイジ カンガエ。ソノヒト ソレ ワカラナイ ヒト デスカ?』
佐上は、拳を握る。
「いいや? 基本的にどうしようもないアホやけど。それは理解出来るような人や」
力無く、項垂れて佐上は笑った。
「なあ? 何かもう、うちにどうしろって? それ、言われているような気がするんやけど?」
佐上以外に客がいない店内で、静寂が続いて。
そして、クムハ=ハレイは口を開いた。
『ワタシタチ オナジ キモチ。サガミ サン ツライ スガタ ミタイ チガウ。サガミ サン ヤリタイ ヤル ノゾム』
「そっか。それも、その通りやな」
苦笑を浮かべて、佐上は酒を口にした。
話をして、少し気が楽になった気がした。




