異動は突然に
この物語は、現実の組織および人物とは一切無関係です。
特に、外務省のお仕事については厳密なリアリティは勘弁して下さい。
最低でも、土日のどちらか一回は投稿。
連載続けて思ったのですが、感想とか、ブクマ付いたりして、モチベが上がれば平日にも投稿するペースになることもあるようです。リアルのスケジュール次第ですが。
実を言うとほんの少しだけ、嫌な予感はあった。
だが、可能性はどこまでも低いと思っていた。だから、言われたことの意味がよく分からなかった。
「えっと? すみません。つまり、どういうことですか?」
「二度も言わせるな。白峰君。君にはあの異世界へと行ってもらう」
二度言われても、受け入れがたい。白峰は思わず呻いた。
「それは、はい。分かりました。ですが、何で自分なんですか? 自分、先日に海外研修を終えて、日本に帰ってきたばかりですよ?」
つまり、圧倒的に実務経験不足。というか、皆無。そんな人間が、よりによってそんな未知の場所に行っていいのだろうかと。
「だからだ。赴任先について、まだ融通が利く。それと、君の言語習得能力を買ってのことだ」
やっぱりそういうことか。と、白峰は嫌な予感の根拠がどこにあったのかを再確認した。
ついでに言えば、人材にも余裕があるわけでは無い。やるべき仕事は、いくらでもある。限られたリソースの中で、優先順位の高いものから捌いていくのはどこも一緒だ。
そういう意味で言えば、仮に何らかの事故で自分一人、研修を終えた新人一人を失ったとしても、損失は最低限に抑えられる。国は、外務省はそう判断したということだろう。ただでさえ、今はこの事件でてんやわんやの状況だ。下手すると異世界そのものよりも、各国との折衝の方にリソースが割かれている。そして、それこそそっちの仕事を速やかに引き継げるかというと、白峰にも自信は無い。
「でも、本当にいいんですか? 自分が何かしでかして、問題を起こす可能性とかは?」
ん? と、目の前に立つ上司。桝野京太郎は眉を跳ね上げた。
「君は、何かしでかしてしまう気なのかね?」
「いえ、滅相も無い。誠心誠意、職務を努める所存です。ですが、自分のような経験不足の若造を送り込むことで、それと知らずあちらのタブーに触れてしまい、外交問題に発展してしまわないか? そういったリスクや可能性について、お聞かせ願いたいと」
「まあな。その懸念はもっともだ」
ガリガリと桝野は頭を掻いた。
「しかし、その点については気にしなくていい」
「どういうことですか?」
「これが、お互いにとってのファーストコンタクトだからな。そんな状態で、互いの常識を『知らなかった』ことを理由にいちいち問題を作っていても仕方ないだろう。むしろ、お互いのタブーのラインがどこかを知る時期だ。ある意味、失敗をしでかしてしまうくらいの方が、早く情報が集まっていいと思え」
「そんなものですか」
「そんなものだ。安心したか?」
「まあ、幾分かは気が楽になりました」
小さく、白峰は笑みを浮かべた。
「とにかく、今は時間が惜しい。体制は整っていないが、兎にも角にもあっちの情報を仕入れ、またこっちのことを伝えなければならない」
「はい」
「向こうに行って、必要だと思ったもの、人については、都度言ってくれ。直ぐにとはいかんが、なるべく早く用意するようにする。必要な支援に遠慮はいらないと考えてくれ。当面は一日一度、あっちの時間の夕方にゲートを通ってこっちに戻ってくればいい。それから、ここに寄って報告してくれ。ああ、ちなみにあちらからも君と同じようにこちらに一人送り込んでくる手はずになっている。どんな人物が送られてくるかは分からんが」
「つまり、自分とその人とは交換であると」
「そういうことだ」
そこまで話が進んでいるというのであれば、そうそう手荒な歓迎は受けないだろうと白峰は判断した。そして、ここまで話が通じるということは、そういった取引の概念がある相手でもあると。つまり、言葉が通じるかは難しい。しかし、話は通じそうだ。
「出発は明日の10:00だ。それまでは帰って休んでいていい。雑貨に限るが、持っていきたいものがあれば言え。用意するから。他に聞きたいことはあるか?」
「そうですね。結局、向こうの人達ってどういう感じなんです? 上が押さえているおかげで、ニュース以上のことはさっぱりなんですよ。ネットだと、怪しい噂や陰謀論が飛び交っていますし。まあ、それほど信じられていないようですが」
「官房長官の発表の通りだよ。別に、隠しているわけじゃない。君も含め、少しでも情報を知りたいという感情は分かるんだがなあ。正直、訊かれてもあれ以上は答えようが無い。現場にいる、有島あたりに訊けば、もう少し何か出てくるかも知れないが」
「なるほど。それが確認出来れば、それで十分です」
つまりは、よく分からないということだ。
確かなことは、言葉は通じない。けれど、身振り手振りや絵によるコミュニケーションは可能。姿はほとんどこちらの人間と酷似。肌の色は薄くほんの少しだけ、耳が尖っている。衣装は、強いて言えば中世の欧州のものに近いが、どの国のものとも異なる。むしろファンタジー系のゲームのそれを連想させる。
どこまでが真実なのか分かっていれば、それに従った行動をするまでのことだ。
「最終的な国の方針を決めるのは上なので、こんな事を自分のような立場の人間が言っては何ですが、自分も官房長官発表の通り、このコンタクトが平和的かつ友好的なものになることを望みます」
「そうだな。それでいい。個人的な思いだが、俺もそうなることを望むよ」
桝野は天井を仰いだ。まだ見ぬ異世界に思いを馳せているのだろうか。
「まあなんだ、あっちの人達によろしくな」
「なるべく早く、そう伝えられるように頑張ります」
嫌な予感は、白峰の中からいつの間にか消えていた。色々と未知ではあるが、組織の協力は得られるし、また相手も幾らか信用が出来そうだ。であれば、面白くなるかも知れない。
高度な外交戦みたいなものは期待せんで下さい、いやマジで。
次回は、ゲート出現から1話までの状況をダイジェストでお送りいたします。
追記。
ちなみに、白峰は総合職で所謂キャリアです。
この場合は、在外研修を終え、これから正式に赴任先が決まるはずだったのに。といった具合です。