分からない望み
月野は軽く唸った。
異世界担当の外交官は月野と白峰だが。その役割分担は主に白峰が情報収集とコネ作り。彼の情報を基に情報分析を行い、上に報告するのが月野といった具合だ。逆に、上からの指示を具体的な行動として噛み砕いて白峰に指示を出すのも月野の仕事である。
ではあるが、月野は教育の一環として、たまに情報の整理や分析を白峰に任せたりもしている。白峰には伝えていないが、月野の評価としては筋は悪くないと考えている。それでも、ダメ出しをすると結構凹んでいるようにも見える。なので、ここらで一度、成長を感じているところを具体的に伝えた方がいいのかも知れないと、月野は考えている。
その分析の仕事なのだが、妙に気が乗らない。集中力が続かないし、考えがまとまらない。
プログラミング魔法の問題解決に忙殺され続けていたせいで、仕事は山積みになっているというのにだ。更には、ルテシアとイシュトリニスの電気飛行機による連絡便計画まで控えている。
月野はモニターから視線を外した。
「あの? 佐上さん? 私に何か用ですか? ずっと見られていると、気が散るんですが」
「はあっ!? 誰が、おどれなんぞ見るか。自意識過剰なんと違うか?」
「そうですか? こうして、私がちょっとそっちに目を向けただけで、視線が合ったんですけど?」
「そんなもん。偶然や偶然」
「偶然って言われても。佐上さんも、仕事追い込まれているんですよね? 確か、皇共語の翻訳ロジックの調整で。仕事に集中していたら、そんな偶然もそうそう起きないと思うのですが」
「やかましいな。偶然言うたら、偶然なんや」
「はあ、そうですか。まあ、何でも良いので、出来れば用が無いのならあまり見詰めないで下さい。さっきも言いましたが、気が散るので」
そう言って、月野は佐上に頼むのだが。
「ほ~ん?」
逆に、それは佐上にとっては格好の嫌がらせ方法を教えただけのようである。彼女はここぞとばかりに、ジト目を向けてきた。
月野は唇を軽く尖らせる。
「何ですか。さっきからその目は」
「いや? おどれ、調子でも悪いんか?」
「何故そんな風に思うんですか?」
「昨日からずっと、ただでさえ悪い目付きが余計に悪くなっとるからな。若い連中。それで外に逃げて行ってしまったんとちゃうか?」
今この部屋にいるのは、月野と佐上の二人だけである。
「白峰君達は、純粋に仕事ですよ。知っていて言わないで下さい」
白峰と海棠は、ミィレと共に年末年始の祭事に向けた準備の様子を見に行っている。
「ああうん。それは、冗談やけど」
軽く、佐上は頬を掻いた。
「せやけど、ほんまどうしたんや? マジで目付き悪いで? 寝不足か? 恐いから、もうちょっと愛想よくしてくれると助かる」
「だったら、何度も言いますけど、あまり私を見ないでくれると助かります。気が散るので」
「何やねん。その言い草は」
佐上は唇を尖らせる。が、すぐに、にたぁと笑みを浮かべた。
「なぁんか、うちのことを意識したみたいな言い草にも聞こえるで?」
下卑た笑いを浮かべる佐上を月野は軽く睨んだ。
「まあ、そうですね。ある意味、その通りかも知れません」
「えっ!?」
月野は正直に答えたのだが、佐上は妙に驚いたように彼には思えた。
「えっと? その? それって、どういう――」
「何ですかその反応は。ずっと、昨日から私のことを責めていたんじゃないですか? 帰省もしない親不孝者めみたいに」
「思ってへんわ! そんな事っ!」
即座に佐上が顔を真っ赤にする。なお、怒鳴る一瞬前から、微妙に頬が赤くなっていたような気もするが。それはあくまでも気のせいだろうと月野は判断した。
「おどれ、被害妄想酷いな? うち、ほんまにそんな事思ってへんで?」
月野はガリガリと頭を掻いた。
「分かってますよ。これが、私の被害妄想だっていう事は。ただ、佐上さんに見られると、どうしてもそんな気分になってしまうんですよ。八つ当たりなのは分かっています。すみません」
「まあ、理由は分かったけど」
佐上はしばし、虚空を見上げた。
「ひょっとして、昨日うちが、おどれが帰省しないことに対して『ほんまに、それでええんか?』って訊いたことが、ずっと引っ掛かっているんか?」
「ええまあ。そうですね。佐上さんのせいじゃないということも、分かっているつもりですが」
そう言って、月野は苦笑を浮かべた。
「なあ? おどれは、一体どうしたいんや? 上に頼んで、この機会にちょっとは休み貰えそうなんやろ? 帰りたいんか? 帰りたくないんか?」
「さあ? どうしたいんでしょうね?」
「はっきりせんやっちゃな。自分の事やろ?」
「自分の事だから、何でもかんでも分かるってものじゃないでしょう。これは、本当に考えても分からないんですよ」
「せやけど、何気ないうちの一言でそんな気になるくらいやから、おどれの中でも無視出来ない話になっているのは間違いないと思うで? せやったら、一度ここで、行動して故郷と向き合って、ケリを付けるのも一つの道なんとちゃうんか?」
「はい。分かっています。ただ同時に、こうして迷い続けるというのも、それはそれで、両親や祖父母達のことを忘れずにいるという意味では、悪くない気分なんですよ。ケリが付いたら、本当に何もかもが消えてしまうような気がして」
「そんなもんか? 苦しみを背負い続ける方がええって、難儀な考え方しとるな」
「私もそう思います」
けれど、それが自分という人間の性分だと月野は考えている。この性分を今さら変えるのも、難しいだろうと思っている。
「せやけど。ずっとそんな事考えて仕事するっていうのもあまり良くないと思うで?」
「それなら大丈夫ですよ。こうして、佐上さんと話したおかげで少しは自分の気持ちが分かったというか、気が楽になりましたから」
「そうか? それなら、ええけど」
少しだけ安心したと、佐上は小さく笑みを浮かべた。
あ。と、ふと月野は声を上げた。気になっていたことがもう一つある。
「私、そんなにも目付き悪いですか?」
「おどれ、もうちょっと客観的に自分を見た方がええと思うで?」
心底呆れたような溜息が、佐上から返ってきた。




