異世界と年末年始の過ごし方
白峰とミィレは、二人連れだって、市役所を後にした。
「お疲れ様でした」
「はい、シラミネさんもお疲れ様でした」
今日は市議会への諸々の報告や相談をしに、二人は市役所を訪れたのだった。その仕事も無事に終わった。
ふぅ、と吐く白峰の息は白い。
「それにしても、いつの間にかすっかり寒くなってしまいましたね。ついこの前まで、あんなにも暑かったと思うのに」
「そうですね。ずっと忙しかったですものね。本当に、あっという間に思えます」
うんうんと、二人はお互いに頷き合った。
「あと、気のせいか街の様子も少しずつ変わってきたように思うのですが。お店に、鳥を真似したような、ちょっと変わった形の灯りが売り出されていたりしていますし」
「あれ? その話は、まだしていませんでしたか?」
「何か、あるんですか?」
白峰が訊くと、ミィレは首肯を返した。
「もうそろそろ、私達の世界では一年の終わりと始まりを迎えます。そのときには、先祖の霊が帰ってくるので、その導きの灯りとして用意されるのが、あの灯りです。一年の終わりと始まりは、その先祖も含め、家族や親族で集まって過ごすというのが、一般的な過ごし方です」
「何だか、日本のお盆と正月みたいですね」
「オボン? ショーガツ? 何ですか?」
ミィレが小首を傾げる。
「すみません。こちらも、説明していなかったかも知れませんね。日本にも、そういう先祖の霊を迎えて祈ったり、一年の終わりと始まりを迎えたりするんです。夏に先祖の霊を迎えて祈るのがお盆。一年の終わりと始まりを迎えるのが正月になります。どちらも、家族や親族で集まって過ごすというのが、一般的ですね」
あれ? と、ミィレは再び小首を捻った。
「それだと。シラミネさん達は、私達と出会ってから、季節の巡りを考えると。オボンもショーガツも過ぎていますよね? いつ、家族と集まったんですか?」
「いえ? 自分達は帰っていませんよ。ずっと仕事が忙しかったですし。特に、自分や月野さんは東京から少し離れているので、故郷に帰ろうとすると、それだけで結構大変なので」
「そうだったんですね。寂しくは、ないのですか?」
「自分達は、その気になればいつでもスマホでやり取り出来ますから。ただ――」
「ただ?」
白峰は苦笑を浮かべた。
「そんな顔をされると、たまには顔を見せに行った方がいいのかなって、少し思いました」
「何でをそこで私が?」
「ごめんなさい。ミィレさんはそんなつもりはなかったのかも知れませんが。何だか、寂しい顔をされていたように思ったので。それで、『親不孝な人だ』って責められているような気になってしまったんですよ」
「ええ~? 私、そんな顔していましたか?」
さっきとは違った意味で、非難がましくミィレが目を細め、唇を尖らせる。そんなミィレを見て、白峰はくっくっと笑った。一度謝ったので、二度は謝らない。
「でも、そういう習わしがあるっていうことは、近いうちにアサさんやミィレさん達も、年の終わりと始めに、一斉にお休みを取られたりするということでしょうか?」
「ああ、はい。そうですね。そうなると思います。ごめんなさい。それもまだ、言っていませんでした」
「いえいえ。今聞けてよかったですよ。では、その話は後で自分から月野さん達にも伝えます。予定が決まったら、教えて下さい」
「はい。分かりました。私からも、お嬢様に伝えます」
二人は市役所の門を抜け、道沿いにそのまま馬車が停めてある場所まで向かう。
「ミィレさんは、どうされるんですか?」
「私ですか?」
「はい。アサさんの家に住み込みで働いて長いと聞いていますが、年の終わりと始まりは、故郷に帰るのでしょうか?」
白峰の問いに、ミィレは空を見上げた。夕日はもう沈みかけて、空も暗くなっている。
「どう、しましょうか?」
「故郷が、遠い場所なのですか?」
「いえそれ程でも? 自転車や馬車を使えば、半日ぐらいで着く場所ですから」
それは、十分遠いと言えるのではないだろうか? と、白峰は思ったが、口には出さなかった。
「お嬢様達からも、帰るようには言われるんですけどね」
「失礼ですが、ご家族と何か問題でも?」
ミィレは首を横に振る。
「全然? そんなものは何も無いですよ。手紙だって、欠かさないようにしていますし。ただ、何となく帰らないことを続けていたら、帰りづらくなってしまったかなって。そう思います」
「なるほど。そういうことも、あるのかも知れませんね」
軽く、ミィレが溜息を吐くのが白峰の横目に見えた。
「私にとっては、アサ家のお屋敷が第二の家族みたいなものなんです。だから、お嬢様達と一緒にいたいって、そう思っていたんですよね」
「そうなんですね」
「でも、今年は帰ってみても、いいのかなって。そう思い始めてきました」
「何故ですか?」
くすくすと、ミィレが笑みをこぼしてくる。
「シラミネさんが、故郷に顔を見せに行きたいような顔をしているからですよ」
「え? 自分、そんな顔していますか?」
それはまあ、確かにさっき彼女に言ったとおり、たまには顔を見せた方がいいかもとは思ったのだが。でも、それはほんの少し、軽い気持ちのはずで。
「はい。そんな顔してます!」
しかし、ミィレははっきりと、断言してきた。
すみません。来週は夏休みのため、恐らく一回休みさせて頂きます。




