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帰ってくる場所

 屋敷の一室にて。

 クムハの反応は、ある意味で予想通りだった。胸の前で拳を握り、目をキラキラと輝かせている。


「お嬢様。それ本当ですか?」

「ええ本当よ。さっきも言ったけれど、ひょっとしたらだけれど、あなたに異世界製の飛行機の操縦をお願いすることになるかも知れないわ。もしそうなったら、引き受けてくれるかしら?」

「勿論ですよっ! 喜んで。いやぁ、実を言うとお嬢様が初めて異世界に行って、向こうには鉄で出来た乗り物があるって言っていたときから気になっていたんですよ。もしかしたら、鉄の飛空挺もあるんじゃないかって。もしそうだったら、私もそういうものを操縦してみたいって」


「また、随分と想像力豊かねあなた。いくら私でも、そこまでは考えなかったわよ?」

 そんな事を考えるくらいには、クムハは飛空挺好きだということであり、だからこそ思い至った発想なのだろう。

 実際に、そんなものがあると聞かされたときには、アサも驚いたものだったが。


「断っておくけれど、まだ確定という訳じゃないわよ? あくまでも、シラミネ達からクムハに聞いてみて欲しいって頼まれただけだから。王都の判断がどうなるかも分からないところがあるし」

「それはまあ、そうかも知れませんけれど」


「とはいえ、私は、そのままあなたに決まる可能性は高いと思うわよ? しばらくの間、飛空挺の訓練の為にはあちらの訓練施設を使ったり、ここで実際に飛ばしてみたりしないといけないから。ここに住んでいる人間の方が、余計な滞在費用とかも必要無いし」

「だと、いいんですけれど」

 そう言って、クムハは頬を掻いた。


「あと、飛空挺だけれど。あなた、もうテレビゲームはやったことあるのかしら?」

「ありますよ。おかげで、離婚の危機になりました」

 そうクムハに返され、アサは半眼を浮かべる。


「どういう事なのよそれ?」

「いやまあ、ちょっと色々とすれ違いというか誤解がありまして。やっぱり、夫婦の間で隠し事なんてするものじゃないですね。ご興味があれば、詳しいことは後で話します」

「そうね。後で聞かせて頂戴。それで、飛空挺だけれど、見た目はあのテレビゲームに出てくるものに遠からず近からずっていう感じね。ええと、確か――」

 アサはスマホを取り出し、送られたメールを表示する。


「そうそう。こんな感じ。まだ、これらのうちにどれにするかは、決まっていないみたいだけどね?」

「へえ?」

 どれどれ? と、クムハはスマホの盤面を覗き込む。

 そこには、ゲームに出てくる戦闘機に比べれば、ずんぐりむっくりといった印象ではあるが、それでもこちらの世界の飛空挺に比べれば機能美を感じさせる機体が映し出されていた。


「なるほど。こんな感じですか。ゲームに出てくる飛空挺のように、格好いいという印象ではないですが、これはこれで、可愛いですね」

 興味深いと何度も頷くクムハの様子に、これも良い印象を持って貰えたようだとアサは判断した。


「大きさは、あなた達が乗っている飛空挺よりも何倍も大きいから、実際に操縦したときは勝手が違うかも知れないけれどね。あと、シラミネ達も、操縦方法もゲームとは全然違うって言っていたから」

「そうなんですか?」


「ええ。そうらしいわよ。ゲームはあくまでもゲームであって、あの機械で遊べるように操縦方法を変えているから。実物は、飛空挺のものを基本として、更に発展させたイメージに近いんじゃないかしら?」

「なら、ある意味では安心かも知れませんね。経験や勘が通じるかも知れませんし」


「そうね。その可能性は高いと思っている。道具の合理性を突き詰めようとすると、どうしても似通ったところが出てくるっていうことなのかしらね?」

「そうかも知れませんね」

 ふむ、とアサは頷く。


「それじゃあ、聞くまでも無いかも知れないけれど。クムハとしては、異世界の飛行機の担当になることに異存は無いのね?」

「ええ、勿論です」

「そう。分かったわ。シラミネ達にはそう伝えておく。あと、家族にも伝えて、それで理解が得られたなら、私も王都にそう報告するわ」

「分かりました」


 と、ふとアサは虚空を見上げ、軽く呻いた。

「どうか、されましたか? 何かまだ、ご懸念でも?」

「ああうん。ごめんなさい。懸念って言うほどでもないんだけれど」

「はあ」


「ちょっと気になるのよね。この話って、春頃には飛空挺を用意して、王都との行き来を活発に出来る様にしたいらしいんだけど」

「結構、スケジュール押しているような気がしますね?」

「ええ、そうなのよ。しかも、妙に強引にあれこれと理由を積み上げているような感じなのよねえ」

「そうなんですか?」

 アサは深く頷く。


「シラミネやツキノも戸惑っているように思えたし。上の決定には逆らえないっていうのも確かなんだけれど」

「はあ」

「これ、まさか、お父様やお母様が里帰りしたいとか、私に会いたいとかいう理由で急かしたってこと無いわよねとね? いや、まさかと思うけど」


「ははは。いやいや、そんなまさか? 確かに旦那様も奥方様も、大層お嬢様を可愛がってはおられますが――」

 絶対に無いとは、クムハにも言い切れないようだった。アサから目を逸らし、乾いた笑いを浮かべる。


「まあ、流石に本当にそんな事は無いとは思うけれど。次に会ったら、念のために訊いてみて貰えないかしら? その答えが本当かどうかは分からないけど」

「畏まりました」

 恭しく、クムハは頭を下げて了承した。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 その晩、彼女はアサからの話を夫に説明した。

 深く、夫は息を吐いてきた。


「それが、君の夢だというのなら、僕には止めることは出来ないよ。応援するしか、無いと思っている」

「ありがとう。分かってくれて」

 テーブルを挟んで、クムハ=ハレイは夫に微笑みを返した。


「でも、君は不安じゃないのかい? その、異世界の飛空挺を操縦することに。本当に、操縦出来るようになるのかとか。本当に安全なのかとか」

「無いわ」

 ハレイは即答する。


「どうして?」

「どうしてって、あなたと結婚したときに言ったでしょ? 必ず、何があっても私はあなたのいるところに帰ってくるって。私はね。どんな悪天候に直面したとしても、例え墜落したとしても、最後までこの家に帰ることを諦めはしない。あなたがこの家にいる限り、何があっても帰ってこられるって思っている。だから、恐くは無いわ」


「そうか。確かに、そんな事を言っていたな。忘れていて、悪かった」

「まったくよ」

 頭を下げる夫の額をハレイは軽く小突いた。


「それに、私は空を飛ぶのは好きだから。今日、ゲーム体験に行ってきたんでしょ? どうだった? 空を見る感覚とか、光景とか」

 そう訊くと、リンレイは唇を尖らせた。


「悔しいけれど、面白かったよ」

「ふふ。正直でよろしい」

 夫婦喧嘩の挙げ句に、ようやく手に入れた予約を譲ったのだ。そう言って貰えなくては甲斐が無い。

 そして彼女は改めて誓った。こうまで言った以上は、例え何が起きようと、必ず生きてこの家に帰るのだと。

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