期待が膨らむ人達
この夫婦が出ると、章の区切りだなあって思います。
まあ、そういう役どころの人達なのですが。
その報告書を手にして、アサ=ユグレイは大きく息を吐いた。
「あなた。お行儀が悪いですよ」
すぐさま、妻にたしなめられる。執務室には二人しかいないのだから、ちょっとくらいは大目に見てくれてもいいじゃないかと思う。そんなにも、自分のことが気になって仕方がないのだろうか? などと考えると、可愛らしいものにも思えるが。
そそくさと、ユグレイは居住まいを正す。
「ああうん。ごめん。ここのところずっと問題になっていたプログラミング魔法の件が、ようやく一息吐けそうな感じになったものだからね」
「広域破壊魔法兵器拡散防止機構向けの、プログラミング魔法の特徴を纏めた魔法。それが皇帝陛下に送り届けられることになったのは聞きましたけど。また何か、動きがあったのですか?」
ユグレイは頷いた。
ちなみに、プログラミング魔法の特徴を纏めた魔法は、各国の外交官もそれがどんなものか確認することは出来なかった。イシュトリニスに到着早々、ミルレンシアに向けて航空便で送られることとなった。
日数から考えて、そろそろミルレンシアでも結果は確認されていることだろう。
「かねてより、異世界側が熱望していた、継続して電気を発生させる魔法について目処が立ちそうだという話だった。実用化にどれくらいの壁があるかは分からないけれど、ひょっとしたらそれもあまり時間は掛からないかも知れないという報告だね」
「とすると、異世界の電気を使った道具というものが、こちらに持ち込まれて使えるようになるかも知れない。そういう事ですか?」
「そうなるね。以前にタブレットの電気切れを起こしたりもしたけれど。そういう問題も解消出来る。いちいち、電気切れが起きそうな度にルテシアまで返す必要もなくなるという訳だ」
「それは良いことですね」
うむうむと、ユグレイとキリユは頷いた。何しろ、その一件では肝を冷やす羽目になったのだから。
「となると、今後は例のスマホやタブレットの他にも、もっと色々と持ち込まれる道具が増えるということかしら?」
「そうだね。そうなりそうだ」
「危険なことになったりは、しないかしら?」
「というと?」
「ほら? 前にあの子達から送られてきた報告書で、異世界の兵器がかなり強力なものだって書かれていたじゃない。空を音よりも速く飛ぶ飛空挺とか、蒼式魔砲にも相当しそうな装備を持った乗り物だとか。そういうものが持ち込まれたりはしないのかしら?」
「その心配は分かるけれど、問題無いよ。どうやら、そういう兵器は動力源に電気を使っていないらしい。電気では力不足何だそうだ。じゃあ、何を使っているのかというと、地下から採掘して精製した油だそうだ。そんなものは我々の世界では用意出来ない。どこでも採掘出来るというものではないそうだからね。つまり、これも、持ち込まれてもやはり補給が出来ないということになる。だいたいにして、そういう兵器はどれも大型だから、分解してゲートを通すというのも、かなり無理なんじゃないかな」
「そうなんですか。なら、大丈夫ですね」
そう言って、キリユは安堵の息を吐いた。
「とはいえ、あちら製の飛空挺については、ひょっとしたら、分解したものをこちらで組み立ててということがあるかも知れない」
「どうしてですか?」
「さっき君が言った。音よりも速い飛空挺。という訳にはいかないけれど、電気を動力源としてもかなりの速度を持った飛空挺は作れるらしい。その理屈で、何人も人が乗れるような飛空挺を用意したいようなんだ」
「何故ですか?」
「我々、王都にいる人間と直接顔を合わせ、緊密に交流が出来る様にするためだよ。悔しいけれど、複数人が乗れるような大型の飛空挺となると、ちょっと僕達の力ではまだ用意出来ない」
飛空挺の動力としている魔法石がそもそも高い。とても、おいそれと実験の為に気軽に用意することは出来ない。
一応、それでも複数の魔法石を翼に取り付けたりして、実験してみたという結果はあるのだが、それも散々だった。
大型化した機体に対して、魔法石一つでは推力が足りない。では、複数に増やせば良いかというと、人が作る以上は微妙に異なってく魔法石の出力の差や、機体制御のために必要な力が増えていく問題などが壁となった。
いつか、乗り越えられるとは考えられているが、実用化にはまだまだ時間が掛かるだろうというのが、今のところの結論となっている。
「なるほど、もし本当にそういうものが用意出来たら、私達としても助かりますね」
「そうそう」
「それに、ひょっとしたら、私達ももっと気軽に里帰りしたり、キィリンにこっちに来て貰ったりすることも出来るかも知れませんし」
妻の言葉に、ユグレイはハッと目を見開いた。
「あなた? 何を考えているんですか?」
「ああいや。もし、実現するのなら早く完成して欲しいなあと」
「本当にこういう計画が有ったとして、内閣や各省庁、そして各国に対しても、こちらとしても進めて問題が無いか確認と説得は必要と思いますけど?」
「そこは、頑張る!」
「本当、こういうときのあなたは頼もしいですね」
くすくすと、キリユは口元に手を当てて笑った。
こういう言い方をしつつ、これで妻もこの計画にはかなり期待を持っているはずだ。それも含めて、頑張ろうとユグレイは誓った。輝かしい未来のために。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一方その頃。
イシュテンの王都、イシュトリニスの片隅でアイリャ=ミルクリウスはほくそ笑んでいた。
聞くところによると、電気の力で動く、複数人乗りの飛空挺を用意しようという計画が持ち上がっているらしい。
もしその計画が各国でも受け入れられるというのなら、ひょっとしたらシラミネ=コウタもこのイシュトリニスへと来ることがあるかも知れない。いや、きっとあるはずっ! 無い訳が無い。これは女の勘だが、間違いない。
そうなると、母がルテシア市に行っている縁もあり、自分が彼と接する機会も多いはずだ。ひょっとしたら、案内役を任されるかも知れない。いや、きっと任されるはずっ! というか、そういう風にしてみせるっ! 上司にも積極的に掛け合うっ!
台所の壁に貼った、母からの写真。その中に写ったシラミネ=コウタへと、アイリャは視線を向ける。何度見ても、ガチで好みだと思う。
「ぐふ。ぐふふ。ぐふふふふふ。ふへへへへへぇ~」
街を歩けば何人もの男を振り返らせる整った容姿ではあるのだが、今の彼女は色々と台無しな顔を浮かべていた。
「待ってて。シラミネ=コウタ。あなたの心を私が必ず掴んでみせるからっ!」
彼女の目の前には、ぐつぐつと煮えるカレーが、良い匂いを醸し出している。母から教えて貰った、ニホンの男を虜にする料理の一つで、シラミネの好物でもあるらしい。これは、よく練習しておくべきだ。
故郷を遠く離れた男。ふと、湧き上がる郷愁の想い。そこに現れる、故郷を思い出させる料理。男に対して、効果は抜群間違いなし!
「あぁん! ダメよ。シラミネ=コウタ。そんなにがっつかないで。私は逃げたり何てしないからあっ!」
自分で自分の体を抱き締め、アイリャは身悶えする。
彼女の頭の中で、バラ色の未来が、際限の無い妄想として広がっていった。
アイリャ=ミルクリウスって誰? とかなりそうですが。
シルディーヌの外交官。ルウリィ=ミルクリウスの娘で外交官です。初登場が、気付けばもう結構前で出番も少ないので、影薄いですが。
まだ、詳しい描写は出来ていませんけど。
ちょっと胸は控えめかも知れませんが、スレンダー系の王道ガチエルフな容姿しています。




