IT技術に親しむ方法
白峰と月野が、イルを誘って飲みに行き、地域住民の不安について色々と聞き出した翌日の朝。渡界管理施設にて。
「――と、いう訳で街の人達に納得して貰う為には、まずどんな人達がどのような考えで、どのように取り組もうとしているのかを直に見て貰う必要があると判断しました。具体的にどうするかを落とし込んでから、アサさん達にも提案してみようと思います」
「海棠さん達には、研究者の方達にそういうインタビューをして貰い、記事にすることをお願いしたいと考えています。あと、実験場の様子とかもですね」
「分かりました。任せて下さい」
胸を拳で叩いて、海棠は頷く。
「応募者がどれだけ来てくれるか分かりませんが、ちょっと距離は離れていますが実験施設に見学に来て貰えると有り難いですね。やはりこういうのは百聞は一見にしかずというものがありますから」
「そうですね。今なら実験も凍結されていますから、参加者の人達も安心なはずですし」
「これも、なるべく速く実現出来るといいんですが。そこはやはり調整次第になりますね」
「そうですね」
うんうんと、白峰、月野、海棠が頷く。
そんな中で、佐上は半眼を浮かべていた。
「いや? おどれら? さっきから聞いていると、見学会とかそういう方向で話を纏めようとしているように聞こえるけど。そんだけなんか?」
「え?」と、三人は佐上を見る。
そんな反応に、佐上はがっくりと首を前に折った。
「あのなあ? さっき、月野はんも言うてたやろが? 『街の人達、プログラムっていうものが得体が知れなく思ってる』って。イルはん達もそうやったんやろ?」
「ええまあ。それは確かに、その通りなんですが」
「せやったら、そこを何とかせんとあかんのと違うんか? 何でそこをさらっと流そうとすんねん? そんなことで、街の人らの不安が解消出来ると思っとるんか? 納得して貰えると思うんか?」
痛いところを突かれたと、月野は顔をしかめた。
「それは、確かにその通りだとは思うのですが。プログラムやIT技術というものがどういうものかをどこまで説明していいものか。また、どう説明したら理解して貰えるのかと考えると。それはやはり難しいように思うんです」
「中学生の教科書に載っているような内容でも、それを要約して翻訳するだけでも、結構時間は掛かると思いますし」
そんな月野や白峰の説明に、佐上は大きく溜息を吐いた。
「おどれらなあ。頭固いっちゅうか、視野が狭いっちゅうか、真面目っちゅうか。ほんま、何やかんや言うてもお役人やなあ」
「つまり、佐上さんは、違う事を考えていると?」
佐上は首肯した。
「ええか? こういうのは、理屈をどんだけ説明しても仕方ないんや。理屈で納得させようとかいう考えは一旦、脇に捨てとき」
「はあ」
首を傾げる月野と白峰の前で、佐上は両手で何かを横に置く素振りを見せた。
「大事なのはや。ITとかプログラムっちゅうもんが生活に浸透してくると、どんな事が出来るか? こういう技術は危なくなんかないし、便利っちゅうこと。そういうことを伝えるべきなんとちゃうんか? 理屈は分からんけど、危険じゃないと分かれば、人間警戒心は緩むもんや。そういうもんちゃうんか?」
「一理ある……んですかね?」
「まあ、言いたい事は分かります。伝えるべき事は危なくないということなのだというのは、その通りだと思います」
「でも、それならどうしようっていうんですか?」
海棠の問い掛けに、佐上は大きく頷いた。人差し指を立てる。
「何やかんや言うてや。庶民の興味としては、お互いの世界については創作物とか食い物だとか、そういうのが一番の関心事や。雑誌の特集とか見ていても分かるやろ? 難しい話もそら取り上げられているけれど、面倒くさいそんな話よりも、まずはそっちが大事や。相互理解の取っ掛かりはそこや」
「まあ、実際に私なんかは仕事していてそう思いますけどねえ」
「というか、うちのおかんとかもそんな話ばっかり電話で聞いてくるからな? マジで、そんなもんやで庶民って。真面目な話は真面目な話として考えるけど。月野はんや白峰はんが考えるほど、んな意識高く何てないで?」
「そんなもんですか? 白峰君のお宅も?」
「どうですかねえ? 自分は、滅多に連絡取っていないので。たまに電話が掛かってきても、食生活きちんとしているのかの確認ぐらいですし」
「ちゃんと、しているんですか?」
月野の質問に、白峰は目を逸らした。
「シテイマスヨ? ハイ」
「そんな態度で、数秒間を置いて返事されると非常に疑わしいのですが?」
白峰は乾いた笑いを浮かべた。
「ああ? 話戻すで? んで、大事なんはIT技術っていうもんが怪しくないものやって伝える事や。ここまではええな?」
「はい」
「せやから。エンターティメントで心を掴むんや」
「エンターティメント?」
「一言で言えば。ゲームやな。テレビゲーム。そういうのを体験させて、街の人の心をがっつり掴もうっちゅう話や。電気だけでも何とかなれば、こういうゲームも思う存分やれるようになる可能性が高まるんやでえと訴える。そうすれば、街の人達もゲームやりたさに、プログラミング魔法の研究を許してもええかな~って、心がぐらっと揺れるかも知れん。どないや?」
「おおっ」と海棠は目を輝かせる。
一方で、月野と白峰は呻いた。
「ゲーム? ですか?」
「いや。確かに文化交流的には、訴える力は非常に強いと思いますけど」
「どうなんですかねこれ? 上の人達、納得してくれますかね?」
「上もそうなんですけど。アサさん達がどう受け止めるかと。不真面目だって受け取られなければいいですけど」
ちらりと、月野は佐上を見る。
「そこはまあ、一応は佐上さんによるアイデアだと言えば許して貰えそうには思えますが。いや、でもどうなんですかねえ?」
「おう。それでええで? うちの名前を出しておけば、月野はん達の責任にはならんやろ?」
呵々と笑う佐上を見ながらも、白峰と月野の頭から不安は消えなかった。
今のご時世。中学生の教科書でIT技術を勉強するんですねえ。
教科書の内容見てませんが、基本情報処理くらい取れるくらいの内容なんだろうか?
結構細かくて、ITエンジニアが基礎的に覚えるものが書かれているという話を見掛けたんですけど。




