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百聞は一見にしかず

 プログラミング魔法に対する対応の説明会から、数日が過ぎた。

 しかし、幾ばくかの沈静化は見られたものの、反対の動きは収まらないようだった。商店街のような人が集まる場所では、反対を訴えている人の姿が見掛けられる。

 混乱に巻き込まれるリスクを減らすため、白峰達は極力そういう場所には近付かないようにという話になった。今ここで、何かあればそれは途端に国際的に面倒な話になりかねない。


 そのため、食料を始めとして日用品の買い出しはアサの家に勤める人達にお願いする形になった。

 アサや記者達が探ったところ、やはり大勢の住民にとっては、説明は理屈としては理解は出来るが、感情としてはなかなか納得出来ないというものが大半のようだった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 白峰と月野はイルを誘って暁の剣魚亭へと向かった。

 相変わらず、店内は閑古鳥が鳴いていた。経営しているクムハ夫妻には悪いが、白峰達にとっては非常に好都合である。


「――そういう訳で、協力をお願いします」

『そんな ことを いきなり 言われても」

 月野に言われ、少し困ったようにイルは眉をひそめた。


「まあまあ、あまり深く考えないで下さい。自分達も、ちょっとどうしようか悩んでしまっていて。半分、憂さ晴らしに付き合って欲しいというようなものですから」

『うん まあ』


 ちなみに、彼は夏に海水浴に行ったときに撮影した、海棠の水着写真で釣った。ごく普通の全体集合写真ではあるが、それでもイルにとっては効果は覿面のようだった。

 仕事仲間を餌にするような真似は白峰としても少し心苦しいが、悪いことにはならないと思いたい。


「イルさんなら、街の人達にも心情的には近いところもあって、自分達としても彼らの直の声がどんなものか参考になるかなと」

『少し 分かる です』

 イルは頷いた。

 と、頼んでいた焼き串と酒が彼らの前に置かれる。


『待たせる した です』

『その話 私達 一緒 いい です?』

 見上げると、クムハ夫妻がテーブル脇に立っていた。

「勿論です。歓迎します。聞ける話は、人が多い方がいいですから」


『ありがとう』

 彼らはカウンター席にある椅子を持ってきて、通路側に座った。

 取りあえず、まずは一杯と白峰達は酒を飲む。


「それでですね? 結局のところ、不安ってどうすれば解消出来るでしょうか? そもそも、街の人達って何をどう不安に感じているのか? そこを聞かせて欲しいんです。アサさん達にも探って貰っていますが、やはり整理された情報だと、直に聞く声とは大分違う気がして」

「先日、白峰君は『なら、直接訊きにいけばいいじゃないですか』と街の人達に突撃しにいこうとしましたが。それは止めさせました。自分の足を使って、直に情報を得ようという姿勢は好ましいですが。今は事情が事情なので」

 気恥ずかしそうに、白峰は笑みを浮かべた。冷静に考えれば、我ながら無謀だった気もする。このとき、仮にやるとしたら警察官の人に護衛をお願いするというのも手ではあったが、それでは本音が聞き出せるかも怪しい。


 「なるほど」と言わんばかりに、イル達は腕を組んで頷いた。

「それで、この件ですがイルさん達は、不安を感じていますか?」

 白峰が訊くと、イル達は一様に苦笑を浮かべた。


『そう ですね。気に障る 可能性 謝る。けれど 少し 不安 そして 恐怖 あると 思う。街の 他の 人達 比べて 小さい 思う けれど』

『本当に どこまで 大丈夫 分からない です』

『判断する。 とても 難しい 問題 だから』

 ふむふむと、白峰達は頷いた。これは貴重な意見だ。イル達にも不安に思われていたというのは少し残念だが、そうでなければ街の人達の心情を理解する事も難しい訳で、ある意味では助かったと思う。


「つまり、本当に大丈夫なのか? 自分達で考えて答えを出すのに時間が掛かっている。そういう訳なんですね?」

『そう』

 クムハ=ハレイが頷く。


『私達 ツキノ サガミ シラミネ カイドウ 真面目 誠実 知っている。それ 理由 不安 他の人 小さい 思う』

『アサ お嬢様 いい人。よく 知っている。けれど、他の人 知らない。学者 他にも来た人 分からない』


「それは、街の人達にとって、私達が本当に信用していい人かどうか分からない。と?」

 「そうそう」と、イル達は頷いた。

「言われてみれば、もっともですね」


 白峰達も、ルテシア市に引っ越してきてから、この地に溶け込む努力を怠ってきたつもりは無いし。色々と広報活動もしている。しかしそれでも、直に自分達を見知っている人間が多いかと言われればそうではない。敵意や害意は感じないものの、どこか、遠く距離が離れた存在にしか感じられない人達がほとんどだろう。

 ましてや、ほとんどを大学の施設で過ごしている学者達なら尚更だ。


『説明 本当 約束 守る 判断 する 見ていない。それも 信じる いいか。分からない』

 白峰達は天井を仰ぎ、呻いた。言われてみれば、これももっともだ。まさに百聞は一見にしかずというものだ。どれだけ立派なカタログスペックを語ろうと、営業をしようと、実物を見ない事には信用しきれない。

 これが、自分達の生命財産に関わる問題となれば、それはどれだけ説明を受けようと不安は消えないし、判断するのにも慎重にならざるを得ないというものだ。


 白峰達は項垂れ、唸った。どうして、こんなにも単純な理屈に気付かなかったのかと。ここ数日、ああでもないこうでもないと悩んでいた時間は何だったのかと。

『落ち込む よくない。人 よくある こと だから』

「はい。有り難うございます」


 それに、まさにこういう話が聞きたくてイルを誘ったのだから。成果が出て万々歳だ。やはり、内にこもらず外部の人間による視点というのは重要なのだなと。

 白峰は微苦笑を浮かべ、焼き串に手を伸ばした。香ばしい香りが食欲をそそる。


「他にも、何かあったりしますか?」

『そうです ねえ』

 ともあれ、少し問題が見えて先に進めた気がしただけでも、大分気分は楽になってきたように思う。

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