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理解と納得

 一時間ほど、予定時間を越えて説明会は続いた。

 だが延長するのにも限度があるということで、この日の説明会は終了となった。

 そして月野と白峰は、渡界管理施設へと戻る。


「ただいま戻りました」

「お帰りなさい。どうでした?」

「そうですね。個人的には概ね、上々の成果を上げられたのではないかと思います。説明会に来てくれた皆さんも、落ち着いて話を聞いてくれましたから」

 訊いてきた海棠に、月野が答える。


「何や? 『絶対反対』とか、そう言って物投げつけられたりとかせんかったんか?」

「ありませんでした。兎に角、この問題に対して真剣に向き合おうという熱意は感じましたね」

「この街の人達の思いを踏みにじるつもりも、犠牲を強いるつもりも無いことは最初に伝えましたしね。これは、計画した通りですが、アサさんがまず誠実な態度を見せたという点が大きいと思います」

「カリスマやなあ」

 白峰の説明に、やはりアサは大したものだと、佐上は大きく頷いた。


「研究を完全に止める訳にはいかないという話については、どうでしたか?」

「そちらも、理解して頂けたような、そんな手応えを感じています。やはり、それをやるとさらに大きなリスクが待ち構えているという事には、彼らも想像が付いていなかったようです」

「具体的に、どのように進めていくかについても、現行の案についても同様ですか?」


「はい。こちらは流石に大勢の方から沢山の質問を頂くことになり、またその場で回答することが難しいものは持ち帰らせて貰いましたが。話は理解して貰えたと思います」

「ふぅん? じゃあ、このまま話を進めていってもよさそうってことなんかな?」

 月野は頷く。


「そうですね。私は概ね、問題ないと考えています。認識合わせは、この後にアサさん達とも行わないといけないでしょうが」

 しかし、白峰は呻いた。


「それは、どうでしょうか?」

「というと?」

 怪訝そうな視線を月野は白峰に向けてきた。


「すみません。上手く言えないんですが、自分には。生意気な真似を言っているかも知れませんが、月野さんが言っているほど、簡単な話ではないように思っています」

「ふむ? もう少し、説明して貰っていいですか?」


 感情を抑えた月野の声に、白峰は軽く緊張を覚える。月野が仕事の経験の差で他人の言うことを無理矢理抑え付けるような、そんな権威主義的な人物ではないこと。単に、本人としては冷静に情報を吟味したいために、自然とこうして感情が抜けた感じになるのだと理解しているつもりだが。それでも、やはり経験の差を考えれば出過ぎた真似を言おうとしているとは思う。

 しばし逡巡した後、白峰は思っている事を口にした。


「ええと。今って、ここに住んでいる人達にしてみれば、自分達の生命財産が脅かされる可能性がある。そういう問題に直面している訳です。そんな状況で、一度の説明で理解されるというのは、あまりにも話が上手く進みすぎているような。そんな違和感を感じています。自分も、詳しく知っている訳ではありませんが。空港を作ったり、基地を作ったり、原発を作ったりするのにも、政治家の人達って何度も、何年もそこに住んでいる人達に説明を繰り返してきた訳じゃないですか。そういう話が、一度の説明で受け入れられるなんて事、あるのだろうかと」


「ふむ」

 月野は顎に手を当て、しばし目を瞑った。

 この人のこういう沈黙が、佐上には苦手なんだろうなとか、白峰はそんなことを思った。


「分かりました。確かに、言っていることはおかしくないように思います。考えてみれば、理解は出来るけれど、納得はいかないという話はよくあることです。それを考えたら、説明会に来てくれた人達も、そうかも知れません。私達の説明は、理屈の上では理解は出来たかも知れない。けれど、まだまだ納得は出来ていないという可能性は大いにあります。むしろ、その方が可能性としては高いでしょう」


「そう。そうです。その通りです。納得して貰えたのかというと、そこに自分は不安を覚えたんです」

 月野が理解を示してくれたことに、白峰は安堵する。同時に、何に違和感を覚えていたのかも気付いた。


「自分は、ほどんど口を出すような事は無くて、その代わりに説明会に来た人達の様子はよく覚えておこうと思っていました。それで、彼らの反応なんですけど。確かに、冷静に話は聞いて貰えたと思います。けれど、前の方の席の人達くらいしかよく見えていませんでしたが。安心した。納得した。というような、そんな表情ではなかったように思います」

「なるほど。そういうことでしたか。よく見ていましたね。私は、そこまでの余裕はありませんでした」

「いえ、そんな。だって、月野さんはそれこそ説明に神経を使わないといけない立場でしたから」

 とは言いつつ、月野に褒められ白峰は嬉しく思う。


「うーん? せやけど、そうなるとちょっと厄介なんとちゃう?」

 佐上が虚空を見上げて、言ってきた。人差し指を立てて、クルクルと回している。

「うちも、白峰はんの言っていることは間違ってないと思う。こういう話が、すんなり受け入れられるかっていうと、その方が不自然やろうなって思う。でも、それならうちら、どないしたらええんやっちゅうか?」


「それについては、何度も、納得して貰えるまで説明するしか無いのではないでしょうか?」

「そういうもんかなあ?」

 佐上は首を捻る。


「いやなあ? 理屈の上ではそうかもしれんけど。何か、それ。うちには違う気がするんやなあ」

「はあ」

「ああ、ほれ? あれや? 月野はんは、頭ええからそういう理屈で説明されたら納得するんかも知れんけど。うち、全然そうやないやん? 月野はんに色々と説明されても、納得するの時間掛かるやん。ロジハラか? ってめっちゃ反発するやん?」


「いえ、それは私の説明の仕方が悪いというか。佐上さんの心情を慮れないのが、至らないところだと思いますが」

 申し訳なさそうに月野は佐上に頭を下げた。一方で佐上は、「今はそういうのええから」みたいに、渋い顔を浮かべた。


「兎に角。理屈を言えば納得されるかっていうと違うんやないかって思うんや」

「それは、確かにそうかも知れませんが」

「じゃあ、佐上さんはどうやって月野さんの言うことを納得しているんですか? そこ、今後の私達がやるべきことにも活かせるように思えるんですけど?」

 何がそんなにも楽しいのか、にたぁっとした笑みを海棠は佐上に向けた。佐上はそんな海棠に、半眼を返すが。


「うちがこのボケの言うことを少しでも聞くようになったとしたら、少なくともそれなりに付き合いあって、悪人やないって思うとるからやな」

 軽く、嘆息して佐上は続けた。


「せやから、まず、本当のところ納得されているのかどうかっていうのを街の人達に確認するっていうのと。あと信頼を得るっていうのが大切なんちゃうかなって」

「なるほど、なるほど。だ、そうですよ? 月野さん」

 満面の笑顔を海棠は浮かべた。一方で、佐上はあからさまに不機嫌に舌打ちをしてきた。


「はい。本当に参考になります。よく分かりました」

 感心したように、月野は深く頷く。

「あの? 月野さん? あなた、本当に分かっています?」

 と、途端にじっとりと湿った視線を海棠は月野に向けてくる。


「はい。よく分かったつもりですが?」

 そんな海棠の態度に、月野は首を傾げた。

「はあ、そうですか」

「な? こいつ、ほんまにボケやろ?」

 無感情な返答を返してくる海棠に、佐上はにやりとした笑みを返した。


 いったいどういう事なんです? と、言わんばかりに月野は困ったような視線を向けてくるが。白峰にもよく分からないので、彼は肩を竦め、首を横に振った。ひょっとしてこれも、女達にしか通じない何かなのだろうか?

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