プログラミング魔法の扱いに対する地域住民への説明会
先週はお休みして申し訳ありませんでした。
お陰様で、ちょっと一山は過ぎました。
プログラミング魔法の扱いについて、今後どうするか? それについて、まずは反対派の人達は何をどのように不安に考えているのか考えを纏め、整理したものを提出するように彼らに求めた。
渡界管理施設にいる外交官達が、話を聞く態度を見せたこと。説明する態度を見せたことによって、彼らも少し冷静さを取り戻したのだろう。その日、渡界管理施設を囲んでいた市民達は、警備隊を通してそのような回答を伝えると、数十分後にはみな帰っていった。
広域破壊魔法兵器拡散防止機構の人達がルテシア市に到着するのは、これから考えて早くて一ヶ月と少しというところだろう。一応、王都にこの状況を伝えてはいるが、可能ならば彼らが到着するまでになるべく沈静化させておいて欲しいという回答だった。
渡界管理施設やアサの邸宅、市議会に彼らからの書面回答が提出されたのは、それから四日後のことだった。想定していたよりも、、提出が早いというのが白峰達の印象ではあったが。
「どうやら、既に団体とか代表者みたいな人達がいるみたいね」というのがアサから聞いた答えだった。商店街でもビラ配りをしている人達は見掛けているし、そういう人達が集まって出来ているのだろう。団体として名乗りを上げている訳でも、代表者と思しき人物も表に出てきてはいないので、実態は不明だが。
裏取りはされていないが、各町の町長とか商店街の会長みたいな人物が取り纏め役になっているのではないか? というのが、アサの予想である。
ただ、こんな状況なので商店街などに買い物に行くのは少し、緊張するようになってしまった。
警察の目は行き届いているので、流石にあからさまに危害を加えられるとかそんなことは無いのだが、明らかに彼らと姿の異なる日本人が行くと、目立つ。外交官だというのがバレる。なので、時折剣呑な視線を感じることはあるのだ。
まあ、イル=オゥリだけはこの状況に少し感謝しているかも知れないが。彼は海棠との関係の都合上、通勤含め彼女の護衛を任されることが多いのだが。これは、上司であるサラガの計らいもあるかも知れない。ともあれ、そのせいか最近の彼は少し表情筋が緩みがちに見える。
彼らからの書面回答が提出された一週間後、説明会は市役所近くにある市民ホールで行われた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
市民ホールの中は、人で埋め尽くされていた。
建物や部屋の大きさとしては、概ね日本のあちこちにある市民ホールと大差無い規模ではあるが、満席の状態を見ると流石に少し圧倒される。
平日開催ではあるが、それだけ注目されているということなのだろう。中には入れなかった人もかなりいるらしい。
壇上に、白峰を含め外交官達は机を並べて、彼らと向き合う形で席に着いた。佐上や海棠は外交官ではないため、外交判断に関わりかねない真似はさせられないと、今回は参加していない。
参加者達には、予めこの場の出来事はすべて記録されているということを伝えている。つまりは、虚偽を流布するような真似は許さないし、こちらもするつもりは無い。ましてや、暴力的な真似をしようというのなら、その犯行はすべて明らかにされるということも含めて、理解を得ている形だ。
「アサ=キィリンです。アサ伯爵家の長女で、若輩者で僭越ではありますが、イシュテンの外交官代表として異世界の人達との外交や交流を行っています。お時間となりましたので、説明会を始めさせて頂きたいと思います」
落ち着いた声で、アサは言った。しかし、その割には声がよく通ったように白峰は感じた。声そのものも小さくはなかったが、この部屋も音響についてよく考えられた造りをしているという事なのかも知れない。
「まず、何をどのように不安を感じているのか、冷静に、私達がお願いしてから整理して提出するまで数日という短い期間で答えを出してくれたこと。忙しい中、こうしてこの場に集まってくれたことを感謝します。そして、そんな不安にさせてしまう状況を招いたこと。この場を設けるのに回答を貰ってから少し時間を要してしまったこと。遺憾に思います」
会場にどよめきが湧く。と同時に、少し緊張感が和らいだ。そんな風に白峰は肌で感じた。少なくとも、誠実に彼らと向き合おうとしているということだけは、受け止めて貰えたと思いたい。
「まず、私達が申し上げたいことは、皆さんの要望をすべて叶えるということは出来ません。詳細は後ほど説明しますが、それは外交上の今後の問題に関わる理由があることもそうですし、そもそも私達にも決定権は与えられていないということもそうです。ただ同時に、皆さんを不安にさせていい訳はありませんし、ましてや生命財産を脅かすような状況に晒していいはずもありません。ですから、現時点で出来る限り説明出来ることは説明し、不安を減らす努力、そして危険を減らすための努力を行っていきたい。そのために、どこまでの事が私達に求められるのか? 私達はどこまでのことが出来るのか? そういう事を話し合いたいし、今後考えていくための参考にさせて欲しいと考えています」
途端、落胆や怒りの声があちこちから上がった。ただ、まだ冷静にこちらの様子を伺おうという態度の人間が大勢のように、白峰には思えた。
「もう少し分かりやすく言いましょう。率直に言って、まず最初に要求として出てきた『プログラミング魔法の完全凍結』。これは極めて実現が厳しいと言わざると得ません。何故なら、これをやろうとすると完全にお互いの世界の交流を遮断しなければいけなくなる。そうすると、お互いの世界情勢が分からないままに悲劇的な衝突が起きる可能性も出てきます。これは、回避しなければならない。また、プログラミングというものはあちらの世界では極めてありふれた知識、技術です。交流を完全に遮断するということが出来ない以上は、いずれプログラミングの知識がこちらの世界に流入する危険性がある。また、そのときに適切に対応する体制がこちらに整っていなければ、誰の手にも制御出来ない形で知識、技術が拡散する可能性がある。今こちらの世界に来て貰っている科学者達が口をつぐめばいいという問題ではありません。広域破壊魔法兵器に相当する存在が、それこそ反社会的な組織の手に渡り、世界中に拡散するという悪夢が起きる可能性が出てくるんです。そのため、適切に対応し、制御出来る体制を今のうちに整えなければいけないというのが、我々含め各国の為政者達の主流の考え方となります」
アサの説明を引き継いで、ライハが説明した。
プログラミング魔法の完全凍結という考えが最適解ではないという説明に、会場に集まった参加者達は同様が隠せないようだった。あちこちからどよめきの声が漏れる。やはり、ここまでの展開は予想出来ていなかったらしい。
「つまりは、思いそのものは私達と皆さんは一致しています。広域破壊魔法兵器のような存在が制御出来ずに世界中に拡散される危険を無くしたい。そして、相違点ですが、そのためにも今はプログラミング魔法について研究し、情報を得なければならない。私達や為政者は、このように考えています」
ざわめきが大きくなる。彼らの間でも、この考えを聞いてどう判断するべきか意見が割れ始めたということかも知れない。
「無論、そういう目的があるからといって、今ここにいる皆さんの生命財産を脅かしていいという理屈にはなりません。ですから、そこは現実的に出来る限りで皆さんの不安を取り除き、また極限まで事故や被害が発生しない方法というもので対応していきたいと考えているところです。そのためにも、皆さんの考えを教えて頂きたいのですが。まずは、私達の方から、どのように対策を考えているか。プログラミング魔法について、どのような仮説が立てられているのか? そういうところから、順番に説明させて頂きたいと思います。会場入り口で渡された説明資料が手元にあると思うので、そちらを見て下さい」
一斉に、会場から紙をめくる音が響いた。この説明資料は、会場には入れなかった参加希望者達にも配られている。とはいえ、見積もりが甘くそれでも足りなかったようだ。
この資料、作るの大変だったんだよなあと。白峰はこの一週間を振り返って思った。




