これから来るもの
白峰と月野は渡界管理施設の外務省用の部屋へと戻ってきた。
異世界側の各国外交官から、イシュテン王都からの情報を連携して貰う為の会議に出席したのだった。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい。どうでしたか?」
「はい、それを今から説明させて頂きます」
月野が海棠に答え、自席に着く。白峰も同様に、自席へと着いた。
「結論から言えば、王都にいる人達もアサさん達が言う『最善の未来』を模索することに賛成のようですね。やはり、どこまでやれるのかもはっきりしないうちに結論を出すのは難しいようです」
「そうですね。とすると、実験も事故が起きない範囲で再開ですか?」
月野は首を横に振った。
「いいえ、それはもう少しだけ待って欲しいそうです。せめて、広域破壊魔法兵器拡散防止機構とでも呼べばいいんですかね? そういう、国際組織があるそうなので、その人達が来るまでは止めて欲しいと。あと、その監査団の受け入れをするかどうかについても、返答が欲しいと言われました。個人的には、特に問題も無く受け入れられる話だと思いますが」
「広域破壊魔法兵器拡散防止機構? って、何やねん? 国際原子力機関(IAEA)みたいなもんか? 広域破壊魔法兵器を秘密裏に作ってないかとか。そういう監査をするような?」
「はい。概ねそういう認識でよさそうです」
「なるほど。核やないけど、そういうヤバいもんがあったら、どうにかしようという発想は世界が違っても似てくるもんなんやなあ」
感心したように、佐上は唸った。
「でも、その人達が来たらプログラミング魔法は安全に実験出来るんですか? いえ、どうやってそんな真似が可能になるのか理由が知りたいんですけど」
「海棠さんの疑問はもっともです。ただ、これについては詳細は説明されませんでしたが。どうやらミルレンシアの皇帝が所有する神器と呼ばれる神代遺物が深く関わっているそうです」
「神器?」
「はい。古くから続いている国の王家などには伝わっているそうです。使い方は王家秘伝であり、断片的に民衆に伝わる話でも、通常の魔法とは一線を画していて、再現も不可能なものらしいです」
「そんなにも施されている魔法が複雑ということですか?」
「かも知れませんね。大きさが持ち運び出来る程度というだけで、あのゲートを発生させている神代遺物などとそう変わらないものと考えて差し支えないかも知れません」
「そして、ミルレンシアの神器というのは、特定の魔法を探知する力を持っているそうです」
月野の説明に、白峰も続く。
「ははあ。それで、広域破壊魔法兵器みたいなもんが勝手に作られるようなら、その神器の力によって探知されると。そういう訳か?」
「そうなります」
月野は頷いた。
「なので、広域破壊魔法兵器拡散防止機構というのは、異世界側にとっては国際組織でありながらミルレンシア皇帝の影響力が非常に強い組織ということになります。アサさんを含め、各国の外交官も少し動揺しているように、自分には感じましたね」
「どういうことや? そんなにヤバい組織なんか?」
白峰の言葉に佐上が首を傾げる。
「決して、恐い組織ではないと思いますが。あちらの世界の人達にとって、皇帝陛下というのはかなり強い影響力を持った人物のようです。ジョークでも、『絶対に逆らってはいけない相手』として挙げられていますからね。アサさんは幼い頃にお会いしたことがあるらしく、そのときのお話を聞く限り穏やかで慈愛に溢れた方のようですが。それだけ、畏れ敬われている方のようです」
と、月野が白峰に視線を向けた。
「横から失礼。それを聞いてちょっと思ったんですが。それ、ひょっとして言い出したのはライハさんなんですかね? ミルレンシア代表の」
「可能性としては有り得ると思います。先日に言っていた『あまり過度な期待や詮索はしないで欲しい』と言っていた件が、ひょっとしたらこれではないかと」
「まあ、一介の外交官がそんな皇帝陛下にお願いするような真似となると、クビ覚悟でみたいな心境でしょうしねえ。どうして彼らが時折ライハさんに対して、信じられないようなものを見る目を向けていたのか、分かった気がします」
納得したように、月野は頷いた。
「ちなみに、こういうものがあるからこそ、ミルレンシアは帝国として他の国々から一目置かれる存在のようです。地球で言う『帝国』と全く同じ意味かというと少し違う気もしますけど」
「よく覚えてないけど、ミルレンシアって数百年前の世界大戦で大陸全土を統一したんやったよな? そんな話、アサから聞いた覚えあるで? その後、数十年で主だった各国の独立を許したらしいけど」
「その通りです。イシュテンを始めとして、当時に各国の王家と血縁関係は結んでいますが、独立させています。今もミルレンシアから独立していない国々もあるので、帝国と言えば帝国なのですが。でも、話を聞くに、ほぼ連邦と言っていい気もしますけどね。同化して長いですし」
うーむと、白峰は顎に手を当てて虚空を見上げる。
「ただ、そんな風に各国は独立はしても、かつて存在した大ミルレンシア帝国の一員という意識がどこかに残っているようです。それ故に、ミルレンシアを帝国と呼称しているようです。今のミルレンシアの国力そのものは、イシュテンを初めとした他の主要国と比べても、ずば抜けて高いという訳でもなく。それらと同程度の国らしいですが」
ふむふむと、佐上と海棠は頷いた。
「ともあれ、そういう訳で広域破壊魔法兵器拡散防止機構の受け入れ打診と、受け入れが当面の我々の仕事となりそうです」
「あとは、世論に対する動向の確認と説得もですよ。白峰君」
「ああ、そうでした」
月野に窘められ、白峰は頭を掻く。
「世論?」
「ええ。当面は実験の再開はしないということで、ルテシア市の人達も地球の各国でも、プログラミング魔法の研究に対しては賛成派も反対派も様子見となっています。頭を冷やして冷静になる時間としてはよかったと思います。ですが、これからは限定的とはいえ実験再開の可能性を宣言することになります」
「ははあ? そうなると、また反対派の動きが活発化しないか? そういう問題が出てくるっちゅう訳やな?」
「その通りです」
月野と白峰は共に首肯した。
「こういう話は、どちらかというと外交官ではなく為政者側の仕事のような気もしますけどね。しかし、日本国内とかなら政府の問題ですが、ルテシア市民の人達相手となると、伯爵家の娘であるアサさんが巻き込まれるのは避けられない。それに、彼らに説明出来るのも我々くらいしかいないでしょうし。市議会の人達にも協力をお願いしますが」
正直、今は嵐の前の静けさ。そんな気がしてならないと、彼らは重々しく息を吐いた。
コロナとかロシアによるウクライナ侵攻とか、この連載始めた頃から世界情勢変わりすぎいっ!
なお、この物語ではそんなもの全然無かったという世界線で続けていきます。
一部の国については、面倒なことになりそうなので触れないままにしますが。
あと、私用のため来週は休むかも知れません。




