安全と仮説と検証方法
ルテシア大学から、白峰は渡界管理施設へと帰ってきた。
「ただいま戻りました」
もし現状でプログラミング魔法について研究や実験を行うとしたら、どこまでを安全に行い、どこまでが確認出来るだろうか? そんな話について、有識者の意見を確認してきた。
「お帰りなさい。どんな感じだったでしょうか?」
訊いてきた月野に、白峰は頷く。
「そうですね。やはり、こちらがどう動くのか分からないから、何をどう伝えればいいのか分からず、彼らも迷っていたようです。ただ、迷っているなりに既に色々と、研究を再開するのならどこまで出来そうかは考えていたみたいですね。自分達の質問に対して、話し合うというよりは、既に用意していた答えが返ってくるみたいな感じでしたので」
「やはり、研究が全面凍結というのは、彼らにとっても辛いのでしょうね」
「だと思います」
「それで、結局どこまでが研究出来そうなのでしょうが?」
「はい。ちょっと待って下さい。ノートを見ますので」
そう言って、白峰は自席に座り、鞄からノートを取り出して開いた。
「まず、一言で言えば、先日に行った実験と同様の真似であれば、マナの様子を確認した上で再度行っても大丈夫という見解でした」
「えっ!? それ、いいんか? だってあれ? 下手すれば大惨事になりかけたんやろ?」
佐上がギョッとした声を上げる。
「ええ。ですが、これは逆も言えます。同じような条件の実験を行う限りは、被害が出ないことは確認出来たとも言えるわけです。勿論、再実験の際には細心の注意が必要となりますが」
「ああ、うん。まあ、そういう解釈もありっちゃありか」
「そして、仮説の検証として、先日の実験と同じ事をする。ここまでが、今のところ安全に行える研究方法のようです」
「しかし、全く同じ事の繰り返しでは、何も分からないのではないですか?」
「ええ、ですからほんの少しだけ条件を変えます」
「どうしようというんですか?」
「まず、一定時間の間にループが何回繰り返されたのか? ごく短い時間であればマナの消費量はやはり少ないのか? こういったところからの確認ですね。そもそも、ループの継続を回数で制限してしまうというのもありますが」
「あー。光魔法がインスタンスかどうかはともかく、時間に比例してより強力に光を発して、また同時にマナを消費しているのかと確認する訳か」
「その通りです。あと、ループではない形で光魔法を複数回呼び出すとか。それによって明るさが比例するのだろうかということを確認したいそうです。仮に、プログラムで書くとこういうイメージになるとか言われましたけど」
白峰はノートを大きく開いて、佐上に向ける。
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【実験用魔法(仮)】
<処理開始 ※プログラム言語>
光魔法を実行
光魔法を実行
光魔法を実行
光魔法を実行
光魔法を実行
光魔法を実行
・
・
・
※以下略
<処理終了 ※プログラム言語>
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「見た感じ、そんなにも難しくなさそうには思えますね。こういう発想なら、元々あちらの世界の人達にもあったような気がしますが。誰も試したことは無いのでしょうか?」
「基本的に、こういう風に念じて組み込むものだという決まったイメージがあるようですし。その一方で、そのイメージが具体的にどんなものなのかというと、やはりはっきりとは掴みきれないところがあるので、確認は出来ていないようです。ただ、光魔法の他にも、料理用の炎熱板に使う熱魔法や飛空挺のエンジンとして使われる魔法石の魔法なんかは、繰り返しイメージすることで出力を上げた道具を作っている感覚はあるみたいです」
「具体的に確認、証明は出来ていないものの。経験や感覚としてはあるという感じですかね?」
佐上は目を細めた。
「あー。そういうことかあ。うん。多分その仮説、当たっとるで?」
「心当たりが?」
佐上は頷いた。
「まんま、こうなっているっちゅう話やないけどな。うちもそこまではっきりと覗けている訳やないけど。灯りや炎熱板使うときに思い浮かぶ魔法意思で、一部分がこんな感じになっとるところがあるんよ」
「それ、学者の人達に教えたらあの人達目を回しますよ?」
「かも知れんなあ」
佐上は乾いた笑いを浮かべた。
これを伝えることで、また何かとんでもない具合に担ぎ上げられるのではないかと、恐々しているのかも知れない。
「他には、以前の実験でも気になっていた点らしいですが。サブスレッドというんですかね? 自分にはインスタンスとの違いがよく分からないのですが。光魔法とかが、一度起動したら止めるように伝えるまでずっと起動しっぱなしのところがあるので、そのスレッドとかいうものに該当しているのではないかと。そういう事も確認したいようです」
「ああ、なるほどなあ。サブスレッドかあ。確かにそういう可能性もあるなあ。でないと、この前作った光魔法の後続処理に『灯りが点いた』ってイメージ湧かせるやつ。あれで光が点きっぱなしってないもんなあ。つまりは、後続処理まで処理は進んだけど、光魔法のサブスレッドは終わってないから、あの魔法の全体そのものも終了はしていなかったと」
「佐上さんが何を言っているのかサッパリなんですけど?」
海棠のぼやきに、佐上は苦笑を浮かべる。
「うん。無理に分からんでもええわ。難しい話やし。それでも無理に簡単に言うなら、サブスレッドって要するに同時に処理を行うっていう話なんや。ある作業を全部一人でやると時間掛かるけど、複数人で役割分担すると早く終わるやろ? そうやって、プログラムも同時にやれる作業は同時にやって、全体の処理が終わる時間を短縮させたり出来るんよ」
「なるほど?」
海棠が半分分かって、半分分かっていないような口調で返事を返す。
「でもって、プログラムって動き始めてから、全部の処理が終わらないと終了という形にはならんのな。つまり、分担した処理の一つでも終わらない限り、ずっとそのプログラムは全体としては終了出来ないんよ」
「つまり、光魔法とかは、止めろという命令を与えない限りは終了しない処理だから。それをプログラミング魔法によって間接的に起動した場合、光魔法が終了しない限りは、魔法全体としても終了していない。全体として止めるには、プログラミング魔法を終了させないといけない。そういうことですか?」
「そういうことや」
佐上の答えに海棠は少し納得したような表情を浮かべた。
「とまあ、こんな感じで少しずつ仮説の検証を行っていきます。そして、安全が確認出来る範囲を少しずつ広げていくといった具合です」
「なるほど。分かりました。では、兵器転用の可能性の防止については何か聞けましたか?」
月野の質問に、白峰は首を横に振った。
「それについては、科学者の人達からはこれといった答えはありませんでした。ただ、どういう真似が禁忌になるのか? そういうものが見えてくればあるいは。といった感じのことをライハさんから言われました。あまり、大っぴらに口外はしてくれるなとも言われましたが」
「実現の可能性が難しい話や、機密に関わるような話ということなのですかね?」
「かも知れません。あまり過度な期待や詮索はしないで欲しいと言われています」
「なら、報道にはしない方がよさそうですね。上にだけ伝える形でいいでしょう」
「だと、思います」
取りあえず、「最善の未来」に向けて歩みを止めることには、当分はならなさそうに思えた。




