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足並みと主導権

 渡界管理施設の会議室に、月野と白峰は集まった。

 彼らの目の前のモニターには、桝野の顔が映し出されている。


「先に、君達にも伝えておこうと、連絡を取らせて貰った。結果から言えば、我々も異世界側の提案を歓迎するという立場を取ることになった」

「ということは?」

 月野問い掛けに、桝野が頷く。


「ああ、『最善の未来』に向けて、どこまでが出来るのか? まずはその情報をヒアリングし、まとめ、分析していくということになる。これは、今日の夜ぐらいには官房長官からも発表される」

「思いの外、あっさりと決まったように思えますが? 反発は無かったのですか?」

「それは、政府内のという意味か?」

 白峰は頷く。


「いや、ほとんど無かったと言っていい。むしろ、何らかの方針を発信出来るいい口実が出来たといった感じだったな。野党の攻勢に対しても別の立場は取れるし、文句も付けにくい対応だ。外からの声によって決めたというのは、些か情けない気もするがな。国家として主体性に欠けるというか。特にこれ。言い出しっぺはあのアサのお嬢さんなんだろ?」

 桝野のぼやきに、月野達は苦笑を浮かべた。


「とはいえ、世論の顔色を伺わないと、おちおち政策も決定出来ないのが我が国の構造だ。知恵と行動力、リーダーシップのある指導者を望みつつ、それも行き過ぎると独裁者のレッテルを貼られて潰されかねないってのが現実だしな」

「いくら理屈として正しく最善の真似だったとしても、周囲の理解や調整が無ければどうにもなりませんしね」

 まったくだと言わんばかりに、桝野は頭を掻いた。


「その点、あのアサお嬢様はリーダーの資質も持ち合わせているようだ。これは、あのお嬢様特有のものなのか? それとも、あちらの国、あるいは世界の文化に由来するものなのか、少し気になるところだな。白峰君はどう思う?」

「自分ですか?」


「何だかんだいって、君が一番長く彼らと接しているだろう。彼らについて、一番詳しいのは君だと思っている。知識だけではなく、経験的な意味でもな」

「そういう意味でしたら」

 ふむ。と、白峰はしばし顎に手を当てて考える。


「まず、アサさんのカリスマ性。と言うのでしょうか? そういうものは、家庭の教育によるものが大きいと思います。そこは、他の一般庶民の人とは違う何かを彼女に対して自分も感じますね。現代日本では廃れていますが、貴族として民を導く者としての自覚というか、そういうものを幼少の頃から叩き込まれていたように思います。ミィレさんからも、そんな話を何度か聞いたことがあります」

「貴族階級が残っていることと、それ故の家庭の教育か」


「それに加えて、義務教育の違いも大きいかと思います」

「ほう?」

 興味深げに、桝野は眉を上げた。


「近年ではこちらの世界でも色々と心理学をどう活かすかという話を載せた記事をネットなどでも見掛けるようになりましたが。職場の心理的安全性や、アサーションなど」

「ああ、確かに見掛けるな」


「それらに相当、あるいはそれ以上の知見が心理学で得られているようです。この分野に限っては、特にノルエルクが盛んなのですが。あちらの世界では、各国の義務教育で心理学を学ぶことが一般的らしいですし。つまりは心を育て、理解することを重視しています。自分達の道徳の授業に近い扱いかも知れませんが、人との付き合い方やトレーニングといったものをより理論的に学んでいますね。子育ての仕方とかもそれに倣って。それ故になのでしょうか? 抑圧されて心が萎縮し、ものを言うことに躊躇うといった人達は少なく、アサさんもそういう育てられ方をしたのではないかと」


「なるほど。少なからず有り得そうだな。出る杭は打たれる何て言葉があるが、とかくこの日本では目立つ存在は叩かれやすい傾向はある。個性の尊重だリーダーシップがどうだと言っておきながら、横並び平準化を善としてそこからはみ出る者を異質な存在として矯正していく。結果、個々の能力としては高いが、言われたことしか出来ない。やらない連中が育っていくわけだ。周囲の顔色を伺ってな」

 桝野は小さく嘆息した。


「これは、長年続いた文化的背景にも根ざしたものはあるから、一朝一夕で政治家含め国民すべてが変われるってものじゃないんだろうが。このままだと、主導権をあちらに握られる機会も増えてしまいそうだな」

 リードされる国家という印象を与えてしまうのは、外交上よろしくない。


「申し訳ありません。私達も、至らないばかりに」

 月野が頭を下げる。それに倣って、白峰も頭を下げた。

「ん? ああ、別に君達を咎めているつもりはねぇよ。政治家の先生達でさえ出来なかったような真似をたかだか一外交官に率先してやれというのも、期待のし過ぎだろうしな。特に、今回は事件の規模が規模だ」


 言葉通りの意味かは分からないが、叱責ではないという言葉に、白峰は安堵した。

 自分も割と恐れ知らずな部分はあると思っているが、それでも職位による上下関係というものにプレッシャーを全く感じないほど無神経でもない。


「とはいえ、同様の真似を繰り返すのは避けたいところだ。出来れば、君達もなるべく意識はして欲しい。向こうが理解出来る価値観に合わせるという意味でもな」

「分かりました」

 月野と共に、白峰はもう一度頷いた。


「さて、少し脇道に逸れたが、本題に入るとするか。さっきも言ったとおり、政府としては異世界側の提案を歓迎し、足並みを揃えて動くことに賛成となった。まずはそのことをあちらさんにも伝えて欲しい」

「はい」

「次に、学者達の見解や安全監査に来て貰っている人達の意見を確認してくれ。これは、あちらさんの外交官達との共同作業作業となると思うが」


「そうですね。スケジュールを確認し、調整します」

「確認して貰いたいことの詳細については、あとでメールでも送るが、それについては――」

 桝野の説明に、彼らはメモを取りながら段取りを考えていった。

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