今やれること
渡界管理施設の会議室に、アサ達は集まった。
会議を提案したのはアサだ。
「忙しい中、私の我が儘みたいな会議に集まってくれて、ありがとう。でも、どうしてもこの問題について、ここにいる皆の意見について聞いておきたいの。私達は上の決定に従う立場ではあるけれど、現場の意見としてはどうなのかって明らかにする必要はあると思うわ」
「ふむ、一理ある。私達がこの件についてどう考えているかという情報も無ければ、上も判断しづらいのは確かだ」
ゴルンの言葉に、他の外交官達も同意した。
「では、僭越ながら言い出しっぺの私から言わせて貰うわ。私は、あくまでもぎりぎりまで、最善の未来を模索する道を選ぶべきだと思っている。最善の未来とは、安全にプログラミング魔法を研究や実することが出来て。兵器への転用も防ぎ、この新しい技術を平和的に利用して人類の発展に繋げる未来のことよ」
「難しい話だな」
そう言ってくるディクスに、ソルは頷く。
「ええ、本当に難しい話だと思ってる。無茶を言っているかも知れないと思ってる。けれど、だからといって早々に異世界に行ってくれた記者達の人生を犠牲にする選択を選ぶような真似もまた、私は違うと思うの。私達の仕事には、彼らのように自国外で活動する人達を守ることも含まれている」
「それは、確かにその通りではあるわね」
静かに、ルウリィは息を吐いた。
「アサ。あなたの意見や思いはよく分かるし尊いものと思うわ。けれど、私はどちらかというと慎重に考えた方がいいと思うわ。理由は、やはりそんな理想の未来に一足飛びに辿り着くのは、現実的に難しいと思うから」
「けれど、それでは世論が冷えて、再びこの話を動かすのが難しくなる可能性が考えられないかしら?」
「ええ。そうね。だから勘違いしないで? 私は決して、この話を止めようと言っているわけではないの。あくまでも慎重に、継続的に、決して冷やすことだけはしないで進めるべきだって思っているっていうだけ。現実的に、そう簡単にこの問題を解決する方法が見付かるとは思えない。難しい問題だと感じているから、そう言っているわ」
「分かったわ。あなたの意見を聞かせてくれて、ありがとう。ルウリィ」
「いいえ。こちらの方こそ、分かってくれて有り難う。でも、こういう話ってやはり色々な視点や価値観を出して、そうやって答えを摺り合わせていくものだからね」
「ええ、分かっているわ」
そういう話は、両親達から何度も聞かされた。だから、自分の価値観で物事を推し進めようだとか、そんなことは考えていない。
「では、次に私からだ。私も、どちらかというとルウリィの意見に近い。理由としては、広域破壊兵器による破壊の規模や後世に続く影響、各国のパワーバランスを考えると、性急に進めるのはリスクが大き過ぎる。記者達の人生を狂わせていいとは思わないが、それでも尚、問題が起きたときの犠牲の大きさを考えるとね」
ゴルンが言ってくる。
「そうね。そういう話もよく分かるわ。私の屋敷にも、まさにそういう考えの人達の陳情書が届いているもの」
特に、ティレントにはまだ広域破壊兵器による傷跡が残っている場所もある。その悲劇を決して忘れず、繰り返させないように各国に精力的に働きかけているのが彼の国だ。
そんな国の人間として、最悪のケースを避けるという選択を重視するのはもっともだと思う。
「なら、次は私から」
続いて、セルイが手を挙げた。
「私はこの問題は、アサの言う未来を目指して精力的に動いた方がいいと思うわ。現実としては、ルウリィの言う『決して世論を冷やさず』に近いものになるかも知れないけれど。そういう意気で動かないと、結局は冷えて話が固まるように思えてならない。あと、アサの言う理想に賛同したというのもあるけれど。与えられた立場に対して、過ぎた考えかも知れないけれど、私達の世界にも新しい技術革新が必要では無いかと思うの」
「というと?」
ライハの促しに、セルイは頷く。
「先の大戦から既に数百年が経っている。今日まで、それに比肩するほどの衝突は起きずに世界は歴史を紡いできた。概ね平和だったと言えば聞こえはいいけれど、技術的な発展は緩やかなものだったと思うの。特に、あちらの世界の歴史と比べてしまうとね」
セルイは大きく息を吐いた。
「今はまだいいわ。けれど、このまま停滞したまま、向こうの世界に立ち後れていったときに私達の立場はどうなるのか? そう考えると、彼らと対等に渡り合えるだけの力を持つべきだと思うのよ」
「プログラミング魔法は、その力となる可能性があると?」
「そうよ。あくまでも、平和利用に拘る方向でだけれど。この可能性を潰しかねない真似というのは、避けた方がいいと思うわ」
「ディクスさんは、どうお考えですか?」
「私かね」
しばし、彼は顎に手を当てて瞑目した。
答えに悩むというよりも、答えをどう説明しようかと纏めているように思える。
「私は、そうだね。あくまでも安全に、平和にという道筋が立てられるかどうか次第だが。アサの言う理想を目指すべきだと思う」
「それは、何故ですか?」
「セルイの言うこともあるし、アサの言うように記者達の人生についてのこともある。その上で、私は研究を止めてはいけないのだと思うのだよ。私達は、神を知り、神に近付くために魔法を研究してきた。これは、すまない。彼女らの意見に比べれば些か感情的なものだとは思うのだが。これを禁忌としてしまえば、私達のこれまでの歩みを否定するものに繋がるのではないか。そんな風に思えてね」
「いえ。それもまた重要なご意見だと思います。事実、宗教関係の方からもそのような意見が出ているようですから」
学術研究というものに対して貪欲なアルミラの人間としては、そのような価値観で語られるのも不思議ではないし、十二分に理解出来るものだ。
「ライハさんは、どうでしょうか?」
アサが訊くと、ライハは天井を見上げた。
「こう言ってはなんだけれど。こういう難しい問題のときに、しかも意見が割れているときに最後に回されると。プレッシャーが凄い」
そう言って、ライハは頭を掻いた。
「そして、それ故に日和見かと言われそうですが。私は明確な回答を保留させて貰いたい。いや? ルウリィ? そんな如何にも『腹黒』と言いたげな目で見るのは止めて貰えませんか?」
ライハは呻き、咳払いをした。
「ただ。アサが我々に持ちかけたこの意見交換会は、私達の意見を纏める上で、これから何をするかを考える上で、大きな意味があったと思います。特に、理想とする未来がどのようなものかを明確化し、我々共通の認識として持つことが出来たことは大きい」
「というと?」
ルウリィの問いに、ライハは頷いた。
「これは私の雑感ですが。この場にいる誰もが、アサの言う理想を否定はしていない。可能であるならば目指すべきだと考えている。その上で、可能か否か? リスクを考えて諦めるべきか? その判断材料に乏しい。今はそんなところのように、私は思う」
「確かに、その通りだ」
ディクスが同意の声を上げる。
「これは、イシュトリニスにいる人達も同様だと思う。判断が付けられない。そのためにも、どこまで理想に向けて現実を寄せていくことが出来るのか。最悪の場合はどのようなことが起きるのか。それらを調べ、纏め上げていくべきだ。考えて見れば当たり前のことかも知れないけれど。問題の大きさに対して、どう動けばいいのか、何をするべきか私達は少し思考停止していたように思う。勿論、世論の動向について纏め上げることも無意味な仕事ではなかったと思うけれどね」
「つまりは、専門家達の意見を確認しよう。そういうこと?」
セルイに、ライハは頷いた。
「その通り。彼らも、私達に何も言っていないが。それはつまり、おそらくは我々からも何も言っていないから、何をどう動けばいいのか分からなくなっている可能性が高いのではないか?」
「彼らにしてみれば、どんな情報を報告すればいいのかも分からないでしょうしね。何しろ、まだ何の方針も彼らに示せていないのだから」
「そういう訳で、私としては今は何がどこまで可能なのかを皆で纏めていきたいと思うのですが。どうでしょうか?」
ライハの提案に対し、異論を唱えるものはいなかった。
「ソルの恋」の方の後書きでも書きましたが。
あっちのストックが乏しくなってきました。んで、あっちが1~2週に1回ペースになるのと同時に、こちらも同様の更新ペースになるかも知れません。
なるべく、これまで通りのペースを守れるように頑張りたいですが。




