実験場見学
ルテシア市は、諸々の排気ガスとは無縁の街である。
それでも、こうして大自然に囲まれたところに来ると、空気は大分違うように思われた。人の匂いが薄い。そういうことなのだろうか? そんなことを白峰は思った。
白峰を初め、共に案内された佐上と海棠も、自転車を駐輪場に停める。
「ようやっと到着か。随分と遠くまで来たな」
「ですねえ。いい運動になったと思いますけど」
「でも、緑に囲まれて、いい景色のところだと思います」
もう少し秋が深まれば、紅葉が楽しめるように思えた。
プログラミング魔法関連の実験は、どのような影響が出るか分からない。なので、実験をする際には街中ではなく、自転車で一時間ほど離れた場所で行うこととなった。
今日は、その見学に来た訳である。元々、学生の合宿練習や生き物の生態系を調査したり、農学や畜産の研究に使うための施設として設けられている。
「こちらです」と案内をしてくれる大学職員に連れ立って、三人は歩いて行く。
まずは、駐輪場が設けられた脇の建物だ。
『ここ 研究する 運動 練習 先生 や 学生。泊まる 建物 です』
「へえ。ここも、結構大きい建物が用意されてますね」
『はい。何十人 泊まる 可能 です。長く 泊まる 人も 多い です』
「うちも、場合によってはここに泊まり込みになったりもするんかな?」
「さあ? それは、それこそ研究の状況次第だと思います。なるべく、スケジュールは上手く調整したいですけど」
「まあ、先日に白状したときに約束したとおり、研究に協力するんはうちも吝かではないけどなあ。迷惑掛けたとは思ってるし、役に立てるならそれはそれで嬉しいけど」
「何だか、気が重そうですね?」
海棠が怪訝な表情を浮かべる。
「これで、モルモットみたいな扱いされたりせんやろなと。ちょっと脳味噌見てみようとか解剖されたり、改造手術をされたり」
「流石にそれは無いでしょう? 佐上さん、学者を何だと思っているんですか?」
「変態」
きっぱりと佐上は言い切った。
「いや、うちの社長も元学者やけどな。基本ええ人なんやけど、一度のめり込むとちょっと恐いことあるんよ。何かこう、自分はマッドサイエンティストだ、ふははははは。みたいな?」
「いやあ? そこは大丈夫でしょう。先生達にしてみれば、佐上さんは貴重なサンプルなんです。そんなサンプルを台無しにするような扱いは、断じてしないと思いますよ? 科学や技術の発展と倫理の問題は、弁えているでしょうし」
とはいえ、場合によっては自分の体を実験台にすることを躊躇わない研究者というのはいる。毒蛇の毒をや病原体を自分の体に注入してその毒性、病原性を調べたり。挙げ句、それによって死に至ったり。消化機構に対する実験では、、袋に入れた状態の食べ物を己の排泄物から取り出し、もう一度そのまま食べるという真似をした人間もいるのだ。
科学の発展には、倫理と同時に狂気が潜んでいる。
佐上にかなり事細かく、神代遺跡に触れたときのことを訊いていた学者達がいたが。彼らが真似しないかはよく警戒しておくべきかも知れない。佐上はケロッとした顔で復活したが、最悪、命に関わるのだから。
「ん~、ならええんやけどなあ。いや、もろにサンプルっちゅう扱いされたなら、やっぱり面白くないけど」
「今のところ、案として出ているのは脳派の測定くらいですけどね。そういった機具を持ち込むのも、今はちょっと難しいので、当分先になりそうですけど」
「あと、何か宗教関係者っぽい人達? が、何かあの時恐かったんやけど? うちは、何を騒いでいるのかよく分からんかったけど。興奮しすぎやなかったか? こう『おお、言い伝えは真じゃった』とか『救世主様の到来じゃあ』みたいな感じに見えたんやけど?」
苦笑を浮かべて、白峰は空を見上げた。
「だいたい、そんな感じです」
やっぱりこの人、そういう勘は鋭いなあと思う。
「マジかい」
佐上は半眼を浮かべる。
「ええ。本当です。なので、佐上さんをそんな感じで祭り上げようという考えもあるみたいなんですよねえ」
「いや待て。それはガチで勘弁してくれ」
佐上から怯えた声が漏れる。
「分かってます。そこは、流石に佐上さんの将来は勿論、これからの研究にも多大な支障が出そうなので。全力で説得してご理解頂きます」
「それを今、月野さん達が協議中なんですよねえ」
「まあ、月野さんに任せておけば大丈夫だと思いますけど」
「どうにかせんかったら、うちはあいつをしばいて、速攻で逃げるでほんま?」
それもまた勘弁して欲しいなあと思う。
絶対に、逃げられないと思うが。表立っては言えないが、特に、佐上の安全は念入りに守るようにしているので。
「でも結局、風力発電とか太陽光発電とかじゃダメだったんですか? そういう質問、結構来ているんですけど」
「同時並行で計画を進めてはいますけど。なかなか難しいみたいです。維持管理とか得られる電力の効率とか。あと、スマホ用の中継器は何とかなりましたけど、やっぱり極力、日本側が先行するかのようなインフラ整備って避けたいんですよ。各国からもいい反応が得られていないみたいで。国際的な話については、ちょっとニュースにするのは控えて貰いたいですけど」
「なるほど。了解です」
「そんで、やっぱり電力は魔法でなんとか。っちゅうことか」
「ですねえ。それで、長く発電出来るような魔法があるかというと、そういうのが無かったというのが残念なところです」
電気を使うような魔法となると、狩猟で獲物を痺れさせたりする道具や、心肺蘇生の電気ショックに使う道具に施されるような、そんな一瞬に電気を発生させる様なものしか無かったりする。
「理屈としては、その電気発生魔法をプログラミング的にループ処理させたらどうなんや? ちゅう話っぽいけど。上手くいくんかな? そりゃあ、うちとしても上手くいって欲しいけど」
「そこについては、佐上さんの能力というか、それ頼みになりますね」
そんなことを話ながら、運動場にそって次の建物へと向かう。
研究棟は研究棟で、また結構な大きさがあるようだった。
前回も書きましたが、例年のごとく12月は少し更新頻度が落ちます。最悪、1月まで無しです。
来年分のプロット見直しのため。それでもやっぱり、二週間か三週間に一度は投稿したいのですけどね。
12月半ばくらいから、そこそこストックのある連載を投稿予定なので、そちらでも少しは暇潰しにでもなれば幸いです。ジャンルもノリも、これとは全然違うと思いますが。




