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すべてうちがやりました

偉い人達を目の前にしたときのスピーチって、どうしてこう緊張するんでしょうね。

 ルテシア大学の講義室にて。

 仕事の都合で来られない白峰や、異世界の外交官数名を除いて、主だった外交関係者がその場に集まり。また、これからの魔法の研究と開発を行っていく研究者達もまた参加していた。結構な大人数である。

 教壇の脇に佐上は立ち、口を一文字に閉じて身を固くしていた。目の前一面に、世界で一流と名高い(らしい)偉い学者先生達を眺めたら、こうもなろうというのもだ。


「佐上さん。大丈夫ですか? 顔、真っ青ですよ」

「無理なら、やはり私が代わりに伝えましょうか?」

 隣でそう言ってくる海棠と月野に、佐上は首を横に振った。

「いや、ええわ。ありがとう。でも、大丈夫や」


 確かに恐い。けれど、ここはどうあっても自分が踏ん張らないといけないときや。それくらいはアホでも分かる。逃げちゃダメや。逃げちゃダメや。逃げちゃダメや。逃げちゃダメや。逃げちゃダメや。

 ぎゅうっと、佐上は拳を握った。

 白峰だって、いつだったか言っていたじゃないか。仕事で必要なのは覚悟だって。自分だって、プログラミング魔法についての経緯を説明すると覚悟を決めたんや。いくら仕事が違うとはいえ、アラサーにもなった社会人の先輩が、実務経験駆け出しの新人に覚悟で負けてられるかい。


「分かりました。では、時間のようですので、お願いします」

「ああ、行ってくる」

 大丈夫や。何度も何度も、どうやって話そうか練習した。だからきっと、大丈夫。

 大丈夫と言い聞かせながら、佐上はギクシャクと教壇へと登っていった。

 改めて、学者先生達へと向き直る。彼らの視線が一斉に突き刺さった。


「ひぅ」

 佐上は喉がきゅぅと細まるのを自覚した。

 ここにはマイクは無い。ちょっと、大きめの声を意識して出さないと、彼らの耳には届かないかも知れない。けれど、それだけの声が出せるのだろうかと。

 翻訳機は各の手に渡ってはいるが、それでは英語や公共語での翻訳に支障が出るかも知れないということで、そこは月野とアサに頼んでいる。だから、最低限、彼らのところまでは声を届けなければいけないのだが。

 しんと静まりかえった講義室。それが尚更、佐上にプレッシャーを与えた。


 佐上は軽く咳払いをして、喉の調子と精神を落ち着かせる。うん、音響がどうなっているのか知らんけど、こんな咳払いで結構響くみたいやから、そこまで大声出さんでもええかも知れない。

「ええと、まずは軽く――」

 自己紹介に続けようとしたが。

 さあっと、佐上は頭から、既に少ない血の気が更に引いていったのを自覚した。


 やばいこれ。全然声が出てない。でもって、完全に何をどう言うか忘れた。いや、言わないかんことは全部思い出せるけど、何をどういう順番でどう話すか頭の中がゴチャゴチャになってしまった。

 情報がまるっと一塊になってしまい、口から吐き出そうとしてもそういう形にならない。そんな感覚。

 これは、流石にあかんな。


 佐上は月野へと向き直った。眼鏡の鶴の根元を摘まみ、くいくいと持ち下げする。

 視線の向こうで、月野もまた了解したと、彼の掛ける眼鏡をブリッジで押し下げした。

 プランBの合図は、無事に伝わったようだ。

 まさか、こうも初手から躓くとは。あとで、月野のアホに物凄いのに呆れられそうだが。背に腹は代えられない。


 プランBとは?

 ぶっちゃけると、そんなものは無い。強いて言うのなら「とにかく何でもいいから、頭にあるものを好きなように言おう」という作戦だ。当初予定していたスピーチの内容を忘れ、頭が真っ白になったときはこうするのだと。半ばやけっぱちモードである。


 こういうときに無理に立て直そうとすると、かえって泥沼になるものだ。話したいことは既に頭の中に入っているのだから、ならそれを自分の言葉で一つ一つ吐き出した方が、むしろ自分の言葉で話しているのだと好感触を得られる可能性が高いと。

 おかしな事を言い出したら、流石にそこは表現に手心を加えるなりしないといけないので、月野やアサの負担が増す可能性はあるのだが。


「ええと。うちは、佐上弥子といいます!」

 出来る限り大声で、言ってみる。よし、声は出せた。

 続いて、月野とアサがそれを翻訳して話す。


「実は、プログラミング魔法を見つけてしまったのはうちなんですっ! うち、こんなこと話したら、変に目立ってしまわないか恐くて、黙って貰うように外交官の人達に頼んでいたんです。先生達に、ご迷惑をお掛けしていたみたいで、本当にすみませんでしたっ!」

 そこまで一気に捲し立てて、佐上は深々と頭を下げた。

 講義室がどよめきに包まれる。


「あの。うちは、翻訳機の調整とかさせて貰ってる。本当にしがないただの、小さな会社の勤め人なんです。せやから、全然、難しい話とか分からないから。それで、学会とかに連れ回されるようになっても、ほんまに困るんです。そんな事考えてしまって。そんな、我が儘やったんです。先生達に迷惑掛けるつもりは、全然無かったんです。どうか、許して下さい」

 恐る恐る、佐上は顔を上げた。

 そして、目の前の偉い先生達はというと。みんな、呆気にとられていた。まあそういう顔になるわな。真相がこんなアホな理由やったなんて知ったら。


「ただ、お詫びを言っては何ですが。うちで出来る限りの協力はさせて貰うつもりなので、それで何とか、ご勘弁願えないでしょうか?」

 再び、講義室がどよめきに包まれる。学者の先生達が互いの顔を見合わせて色々と話し合っているが。何を言っているのかはさっぱり分からない。

 ゆっくりと、その中の一人が右手を挙げた。

 何か言ってくる。すまん。うち、英語はさっぱりなんや。


「事情は分かりました。ですが、まずいくつか質問させて貰えないでしょうか? あなたは、いつどうやってプログラミング魔法というものを見つけたのでしょうか?」

 月野が翻訳してくる。

 ああ、うん。そうやな。確かにまずはそこが気になるわなあ。


「えっと。ちょっと話が長くなるかも知れませんけど。実を言うとですね。最初から話すとしたら。ええと、いつだったか、あの神代遺跡に触れるっちゅう実験、やったことあったやないですか? それでですね――」

 うんうんと、学者達が頷く。

 ようやく、少し緊張がほぐれてきた気がした。

 やっぱりうち、お行儀良くスピーチするのとか向いてないわ。こんな風にざっくばらんにくっちゃべるようにせんと、ろくに話出来そうにないもん。

すみません。度々書かせて貰っていますが、場合によってはまた来週休載の可能性があります。

まあ、何だかんだでそう言いつつも、真面目に投稿してきたんですけどね。

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