変わらない人達
ハブられ? と気にしていた佐上だったが、その原因が自分だったという。
そして、そうなってしまった問題について、どうしたものか彼女は悩むの巻。
腹八分目といった加減のところで、時間も21時くらいとなり、佐上は「暁の剣魚亭」を後にした。自宅へは月野に送って貰った。
自室のベッドに寝っ転がり、佐上はぼんやりと天井を見上げる。
「やっぱり、覚悟決めんといかんかなあ」
ゲートを発生させている神代遺跡に触れて気を失うという事故を起こして以来、魔法意思を鮮明に感じるというか、読み取れるようになってしまった。
そこから、妙なこと考えて、これまた妙な真似をしてしまって。結果、地球上のプログラミング言語で魔法が実装出来てしまった訳だが。
この発見によって、学者先生達に迷惑をかけてしまっていると考えると、いたたまれない。それによって、今後の研究や開発にも支障が出ている訳だし。
「かと言ってなあ。うちが見つけました何て、どんな顔して言えばええねん」
ど素人のアホな発想から偶然見つけてしまいました。そんな大発見である。
流石に無いと思いたいが、これで「先生」だの何だのと持ち上げられても、正直困る。あくまでも、平穏で慎ましく庶民的な一生を生きていきたいのだ。
「いや、もう手遅れでしょう」と、ジト目を浮かべる月野の顔を思い出すが。
まあ、その理屈も分かる。既にこんな仕事をしている訳やし。後世、ちょろっと歴史に名前が刻まれても不思議じゃない。マスコミ相手にもやらかした訳やし。
運命ってなんなんやろな? ふと、そんなことを思った。どうにもこう、勢い余って外務省に翻訳機を売り込んで以来、自分の運命が狂わされっぱなしがする。そう、悪いことばかりでもないとは思っているが。
佐上は頭を掻いた。ダメだ、どうにも考えが纏まらない。
自分の生活や人生を無駄に騒がしいものにはしたくないが、他人様にこれ以上迷惑もかけたくない。そんな問題、どうしろと?
佐上は上半身を起こし、スマホを手に取った。
母親の電話番号を選ぶ。数秒もすると、繋がった。
「あ、もしもしおかん? うちやうち」
『もしもし、弥子ちゃん? どうかしたん?』
「いや、別に? どうかしたっちゅう訳でもないんやけど。ちょっと話聞いて貰いたいことあってな」
『ええけど。その前にちょっと質問に答えて?』
「うん? 何や?」
『あんたの好きなゲームと一推しのキャラの名前を言ってみ?』
「何でやねん? 皇剣乱ブレードの蒼司君に決まっとるやん?」
『よし、本物の弥子ちゃんやね』
どうやら、詐欺電話か何かのチェックをされたらしい。
「いや、声聞きゃ分かるやん?」
『それが最近、ネットの動画であんたにめっちゃ似てる物真似する投稿者を見たもんやから? ひょっとしたらって念のため』
「いやいや、おらんやろ? だからってそれで詐欺電話してくる奴」
『それが、従姉妹の藍子ちゃんのところに、非通知であんたを名乗る電話が来たそうなんよ。そっちは声が全然違ったらしいから、藍子ちゃんは、すぐに嘘吐けやボケ言うて切ったらしいけど』
「うへぇ。マジかあ」
『そんな訳やから、しばらく、うちやうち、みたいな電話やと確認するで? うちらだけやなくて、親戚一同』
「ああ、うん。分かった。何か、そんなんで迷惑かけたみたいでごめん」
すっかり有名人になってしまったものだと思う。こりゃあ、まだしばらくは完全にほとぼり冷めるの無理そうだ。
『で? 何か用?』
「ああうん。それな、別に用って程でもないんやけど、聞いて欲しいことあるんや」
『どんな?』
「ちょっと、色々あってその人の名前は出せないんやけど、プログラミング魔法ってニュースになったやん? 知っとる?」
『知らん訳ないやん。こっち、どこ見ても毎日その話題ばっかりやで?』
「ああ、やっぱりそうなんか。そんで、そのプログラミング魔法を見つけた人、ちょっと悩んでいるらしいんよ。そんでうち、どう声かけたらええもんかなあって」
『悩んでいるって? どんなことや?』
「うん。その人な。実を言うと学者の偉い先生じゃないんや。本当に偶然に見つけてしもうた感じなんや。せやけど、そうなるとその人、学者先生の世界に引っ張っていかれたりせえへんかって。本人、そんなつもりも無いし、それで下手に有名人になって今まで付き合っていた人達と疎遠になったら寂しいなあって。それで誰が見つけたんかをちょっと公表保留にさせて貰ってるんよ」
『ああ、何で誰が見つけたんか詳しい発表が無いんか気になっていたけど、そういうことやったんか』
「そういうことや。裏を知ると、ほんま単純な話やと思うけど」
『でもまあ、その人の気持ちを無下にするっちゅうのも、事情を知ってる人にとっては難しい話やしねえ』
「そうなんよなあ」
佐上は溜息を吐いた。
「せやけど、ちょっと、ずっとそのままっちゅう訳にもいかなくなってん」
『何でや?』
「なんか、発見者の正体を巡って学者先生の間で変な腹の探り合いが起きているらしくてな? ほんで、研究の足並みが揃わんらしい。そんなことで研究を滞らせてしまっているってのも、そのプログラミング魔法を見つけた人は責任感じとるんや。で、どないしようか悩んでいると」
『なるほどねえ。なかなか、難儀な状況やねえ』
とは言いつつも、母の声色はどこか間延びしているというか、暢気に聞こえる。
『せやけど。うちもよく知らんけど、その人にとってお付き合いしていた人って、そんな名前が売れた途端に態度を変えるような人達ばっかりなん?』
その言葉に、ふと佐上は押し黙る。
ちょっと、知り合いの顔を順に思い浮かべた。
「さあ? どうなんやろ? うちの知る限り、あまりそういう人達やないと思うけどなあ」
『うん。うちもなあ、知っている人が何か有名になったとしても、凄いなあと思ってもそれだけやわ。その人がどうなろうと、その人はその人やろ? あんまりピンとこんわ』
「あははは、おかんらしいわ」
佐上は苦笑した。同時に、気が楽になる。
外務省の人達にこうして協力して、マスコミ騒ぎで大暴れして、それでも両親の態度は変わらない。会社の同僚達もそうだし、翻訳機を売り込みに来てから知り合った人達もそうだ。言われて初めて気付いた。
『逆に、そんなんであからさまに態度を変えるような人達なんて、そこでその程度の関係なんやって割り切ってしまえばええんとちゃう? 結局、そういう人って本人やなくて本人の地位とか肩書きにしか興味が無いっちゅうことなんやし? 本当にその人のことを思っている人達だけが残るようなら、あんまりその人が心配しているようなことにはならんのとちゃう?』
「それもそうやなあ。そういうのを見極める丁度ええ機会かも知れんな」
つくづく、自分は何をずっとうじうじと悩んでいたのかと。馬鹿馬鹿しくなってくる。
「あんな、おかん?」
『うん?』
「もしやで? その、プログラミング魔法を見つけたんがうちやとしても、これまでと変わらんといてくれる?」
少しだけ、緊張しながら訊いてみるが。
スマホの向こうから聞こえてきたのは、母親の溜息だった。
『まあ、そんなことやろと思っとったわ』
「え? 何で?」
『あんた、いっつもそうやったやろ。知り合いの話なんやけどとか、自分のことやないふりして相談しにきて。ちょっと気になる男の子が出てきたときとか。まったく同じパターンやもの。分かりやすいったらないわ』
思わず佐上は呻いた。どうやら、本気で最初からバレバレだったらしい。
『外務省に翻訳機を売り込んだのもそうやけど。だいたい、昔っからいきなり突っ走っては、こういう訳の分からん引きを発揮するんよ、あんたって子は。もう、慣れたわ。何年あんたの母親してると思ってるん?」
「あ、はい」
つくづく、こういうところは親には適わないなあと思い知らされる。
自分は、いい歳こいてまだまだ子供なんやと、照れくさい気持ちになった。
「なあ、おかん?」
『うん? 何?』
「ありがとう、大分気が楽になったわ」
『そっか。ほんなら、良かったわ。他に何か話したいこととかある?』
「ああうん。そうやなあ――」
色々とアホなところも多いけれど。自分はこの両親の娘として生まれて幸せなんやと思う。恥ずかしくて、面と向かっては言えへんけれど。
意外と出番の多い佐上の母親ですが、まだ全然名前決まっていません。
下手すると完結まで、出ないかも知れない。
困ったときはね? 相談するんだよ!
なお、これ書いている人間も、ずっと詰まっていた展開(この連載とは別物)について、相談したらあっという間に解決した模様。数ヶ月、本気で悩んでいたのになあ。




