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夏の終わりに

今回で、夏編は終わりです。次回からは大雑把な括りで言えば秋編になります。

 執務室の椅子に座って、アサ=ユグレイは深く溜息を吐いた。

 ぐたぁっ、とダレながら、ぼんやりと手にした写真を眺める。写真の中では、水着の愛娘が笑顔を浮かべていた。

 手紙には、少ないながらも貰った休日でプライベートビーチに行ったと。そのときに、各国の外交官達も招待したと。そう書いてあった。


「あなた? お行儀が悪いわよ?」

「ごめん。せめて今だけは許してくれないか? 本当の本当に疲れているんだ」

 妻であり、秘書でもあるキリユは嘆息した。そして、それ以上咎める気配も無かった。ここのところずっと続いていた激務に、彼女も理解はしてくれているのだろう。

 そんな彼女にも、疲労の色が見えているくらいだ。


 ルテシア市から送られてきた、異世界各国の情報と世界情勢の分析、各国別の外交方針の素案作り。そして、魔法研究に際しての、宗教組織との調整に技術影響の調査。それを踏まえた上で、研究者達に守って貰いたい約束事の一覧落成。

 繰り返しになるが、激務であった。それがようやく一段落付いたのだ。少しくらい、気を抜いても仕方ないだろう。娘の笑顔を眺めて癒やされたい。マジで。


「海かあ。僕も泳ぎたかったなあ」

「そうですね」

 イシュトリニスは海に面してはいない。大河に面しているので、海に出るにはまず河を下って下流にある港町へと向かう必要があるのだ。そして、河で泳ぐことも出来る。


「君は、今年は水着買ったのかい?」

「まさか、そんな暇ありませんでしたよ。分かっていたでしょう?」

「まあね。でも、毎年買っているから、もしかしたらって思った。今年の流行も気になっていたようだし」


「あれは、今のあなたと同じです。ただの気晴らしですよ」

「そうか。少し、残念だな」

 呟くと、キリユから軽く息を飲んだような気配を感じた。

 ユグレイは写真から視線を外し、妻へと向ける。


「まさか、期待していたんですか?」

「うん」

 ユグレイは素直に頷いた。

「あ、あのね? 私もあなたも、もう成人した娘がいるような歳なんですよ? そんな女の水着姿を楽しみにしていたっていうんですか?」


 キリユが顔を赤らめて狼狽する。

 普段はあまり見ることが出来ない、レアな表情だ。でもって、ときたまに見せるこういう反応は可愛いと思っている。


「そうだけど?」

 キリユは大きく溜息を吐いた。

「もう、何て言っていいか分かりません」


 そう、吐き捨ててくる。けれど、照れ隠しなのがバレバレなので、ユグレイからはニヤニヤと笑みがこぼれた。

 夏ももうそろそろ終わり。泳ぎに行くにはもう遅い時期ではあるが。ひょっとしたら、少しはバカンス気分を味わえるかも知れない。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 アイリャ=ミルクリウスは、自室のベッドの上に寝っ転がり、母から送られた手紙を読んでいた。

 シルディーヌと違い、イシュテンでは苗字が先に来るというのは少し違和感を感じるが。これはそういうものだと理解するしかない。母と同じく、外交官である以上、各国の違いを飲み込むことの大切さは理解しているつもりだ。


 外交省に就職して、研修を終えたと思ったら、いきなりイシュトリニスに行けと言われた。母がシルディーヌの代表として選ばれ、ルテシア市に行っているので、その絡みで何か使えることがないかと期待されてのことだろう。

 まあ、その「何か」がどんなものになるのか、まだ誰も影も形も分かっていないのだが。それに、それが期待外れだったとしても、とにかくイシュトリニスでは人手が足りないという話だったので、無駄にはならない。実際、自分と同じように送られた若手は他に何人もいたりする。


 母と同じ仕事を選んだのは、やはり母の影響だろう。

 各国を飛び回って家にいることが少ない母を恨み、寂しく思ったこともあるが、それでも母はまめに手紙をくれた。自分を想ってくれていることは理解していた。

 仕事の内容は書かれていなかったが、手紙に同封されている各国の写真を見るのが楽しみだった。自分も、こういうところに行ってみたいと思い、それで外交官の道を選んだ。


 就職して思ったことは、母親の偉大さだった。同じ道に立って、初めて思い知らされる。母親が、どれだけ険しい道の先に立っているのかと。

 アイリャは虚空に手を伸ばし、握っては開いた。最近、よくこんな真似をしている自覚はある。母の背中が遠い。果たして自分の手は届くのかと。

 自嘲気味に笑って、虚空から腕下ろす。


 同封されていた写真を眺めていく。どうやら、母は休みの日に各国の外交官達と海に行ったらしい。

 その一枚。全体集合写真。

 アイリャはふと、手を止めた。視線が一点に集中する。優しげに爽やかな笑みを浮かべた、黒髪で耳の丸い若い男。自分と同世代だろう。事前に聞いていた情報から考えるに、彼がシラミネ=コウタで間違いない。


 思わず、唾を飲んだ。胸が締め付けられるような感じがして、熱い。

 アイリャの目が、細められる。それは、理想の未来へと突き進む、絶対の決意を宿した眼差し。彼女の頭の中では、自分が彼の隣で花嫁衣装を着る光景がありありと浮かんでいた。

 アイリャは机に向かい、母への返信を書くことにした。特に、シラミネの情報を何でもいいから教えて貰うよう頼む内容で。

本編とは直接の関係はありませんが。

実は主人公(?)の名前って、昔からお付き合いのある人達三人のお名前を元にしております。

んで、そのうちのお一人が、〇撃小説大賞で大賞を取られました。


心からおめでとうと言わせて貰うのと同時に。

自分も続いてやるぁっ! と息巻いております。

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