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兵どもが夢の跡

「一回だけ」「ちょっとだけ。ちょっと相手してくれるだけでいいから」「痛くしないから」としつこく頼み込む白峰に、ミィレはどうしようかと困っていた。

そこに、救いの手が?

 ビーチパラソルの下で、白峰は仰向けになって寝っ転がっていた。

 しばらく休んで、ようやく口を開く気力が戻って来た気がする。


「何なんですかね。あの人」

 隣で、体育座りをしているミィレにぼやく。彼女は、自分の様子を見るために、こうして付き添ってくれていた。

「ですねえ」

 ミィレもまた、どこか気の抜けた声を返してくる。さもありなん。


 白峰がミィレにもう一勝負を頼んでいると、横からゴルンが割って入ってきた。でもって「自分とも勝負をお願いしたい」と。

 この人も、脱いだら凄かった。それこそ、プロレスラーとか力士のような体をしていた。浜辺に来る前の、水着に着替えたときから気にはなっていたのだが。


 そして、勝負の結果だが。

 まず、白峰の挑戦である。

 ゴルンはミィレと違い、構えを取ってきた。ボクシングを思わせるような構えだ。その上で、とても砂の上だとか年齢だとかを感じさせない軽快なステップを披露していた。


 これは、間合いに入られると厄介だなと白峰が考え、まずは間合いを推し量ろうと距離を取った瞬間である。

 ゴルンが動いた。ような気がした。思い出しても、その動きは見えていない。ゴルンの目を見ながらも、彼の体全体を視野に入れ、僅かな動きでも初動を感じ取れるようにしていた結果でこれだ。

 この間合いなら届かない。そう、白峰は見切っていたつもりだった。


 しかし、その瞬間、ゴルンの腕が伸びた。としか思えない。次の瞬間、白峰は顔面を掴まれた。みしみしと頭蓋骨が軋む音が響いた。

 恐らく、ゴルンはボクシングで言うジャブのような挙動で、額に掌を当ててきたのだろう。腕が伸びたように見えた理屈は、まだ推測も立てられていないが。

 その一撃で、白峰は降参した。頭の中が揺れて、まともに動ける気がしない。瞬殺だった。


 続いて、ミィレである。

 ミィレは白峰と同じ轍は踏むまいと、先の先を取るべく自ら仕掛けていった。後の先を取るのがミィレの習得した護衛術の基本ではあるが、状況に応じて仕掛けることも無論ある。「対象を守る」というのが目的なのに、怪しい人物が動くのを待つしか方法が無いとすれば、それは手段が足りていないだろう。


 使ったものは、影脚。しかも、白峰のときには使わなかったフェイントも織り交ぜた。

 それが功を奏したのか、ゴルンの反射的な攻撃を潜り抜け、彼の背後を取った。無防備な背中に力を与え、白峰のときと同様に前に倒そうとする。


 が、駄目。

 ゴルンの体格も考慮して、かなり思いっきり手を叩き付けたつもりだった。しかし、彼はビクともしなかった。タイミングは合っていたはずなのに。実はタイミングを外されたか、押す力のつっかえ棒となるように、脚を運んでいたのか。


 ともあれミィレはその想定外に、混乱した。

 そして、それはほんの一瞬、ミィレの動きが止まるという形で現れた。その一瞬が、ゴルンに対しては致命的だった。


 ゴルンが体を落とし、ミィレから見て背中を向けたままに強引に足払いを繰り出し、ミィレの脚を刈った。ミィレに向き合うこともなく、まず間違いなく彼女の体勢がどうなっているかを見切った動きだった。

 浜辺に転んだ時点で、勝負は付いている。この後、仮に勝負を続けたとしても、ミィレに勝ち筋は無い。関節技に持ち込まれて終わりだった。


「こちらの世界のジョークにもありましたけど。ティレントの人達って本当にあんな化け物じみた人ばっかりなんでしょうか?」

 刃向かってはいけないもの。その一つにティレントの格闘家が挙げられていることに、白峰は納得した。


「流石に、そんなことはないと思いますけど。聞いたら、ゴルンさん。外交官になる前、若い頃はプロの格闘家をされていたそうですし。チャンピオンにはなれないと、才能の壁を感じて辞めたそうですが」

「じゃあ今も、鍛えているんですかね? あの体格を見るに」

「らしいですよ?」


「何というか、プロとアマチュアの差を見せつけられたような気がしますね。少し、悔しいですけど」

「ですねえ」

 大きく溜息を吐いて、ミィレは項垂れた。

 そんな彼女の様子が、白峰には気になった。


「落ち込んでいるんですか?」

「そう、ですね。少し、落ち込んでいます」

 自嘲気味な笑い声が、ミィレの口から漏れた。


「これでも私、少しは自信あったつもりなんです。練習場でも、先生を除くと私に勝てる子がいなくて。先生ともいい勝負が出来るようになったくらいですし。大人になって、通うのを止めてからも毎夜、練習はしていたんです」

「そうだったんですね」

 道理で、強いわけだと白峰は納得した。


「これも従者として、すべてはお嬢様の為って。そう思って。お嬢様が好きな物語にも出てくるこの護衛術を覚えたら、喜んでくれるかもっていうのもありましたけど。実際喜んでくれましたしね。あと、やっぱり楽しかったので、続けていました」

「分かる気がします。好きでなければ、続きませんし、そこまで強くもなれなかったでしょうから」


 白峰は、自分が合気道を始めた切っ掛けを思い出した。

 確かこれは、親や親戚の影響だ。習い事は強要してやらせるものじゃない。強要しても決して身に付かないと親は言っていた。だから、やれと言われて始めたわけじゃない。

 ただ、元武士の家系がそうさせるのか、親を初めとして何らかの格闘技。特に日本古来から続く武術をやっている親戚が多かった。


 そんな親戚が集まると、実際の実力云々はともかくとして、武術談義で話が盛り上がる。やれ、こういうときはこう動いて捌けばいいだの、こう動くと次の動きに繋げ易いだの。

 そんな大人達の話に混じって、「どういうことなの?」と訊くと、彼らは得意げに「こうしてこう動くんだ」と言って、「やってみるか?」「上手いじゃないか」などと教えてくれた。


 男の子にとって、強くなることは、ある意味で分かりやすい格好良さだ。子供ながらに、お世辞だとは分かっていても「強いなあ」とか言われると嬉しくて、そのまま始めてしまった。合気道を選んだのは、これが一番技を見たり経験して不思議で、好奇心がそそられたからだった。親戚から、いくつか合気道以外の技も軽く教わったりしたのだが。

 そんなことを思い出していると、ぽつりとミィレが呟いてくる。


「ニホンでは、武術をやる女性って、男性からはどう思われるんでしょうか?」

「どう? というと?」

「例えば、女のくせに乱暴だとか。そういう風に考える人、多いのでしょうか?」

「ああ、なるほど。そういう意味ですか。それは、人によって感じ方は色々です。中にはそんな風に考える人も確かにいますけど。そんなに否定的に考える人はいないと思います。今の日本では、色々な価値観や生き方を認めようという考え方が根底にあるので」


「じゃあ、シラミネさんはどう思いますか?」

「格好いいと思いますよ?」

「格好いい。ですか?」

「はい」

 白峰は頷いた。


「自分の親戚。武術をやっている女性も多いんです。だから、格好いいとは思っても乱暴だとは思わないですね。乱暴かどうかなんて、力を悪用しているかどうかで決まるものでしょう?」

「そうですね。私もそう思います。先生も、よくそう言っていました。あと、シラミネさんがそう言ってくれる人で、ホッとしました」

 寂しげにミィレが笑う。


「でも、このイシュテンでは武術を習う女性は乱暴者だって考える人が少なくないんです。それもあってか、私の他にも女の子の練習生はいましたけど、少なかったです。この護衛術を編み出したのも、女の人なんですけどね」

「それで、辛い思いをしたんですか?」

 訊くと、ミィレは苦笑した。


「私が勝つと。相手の男の子にはよく負け惜しみを言われました。それが少し、悲しかったです。あと、自分は魅力の無い女の子なんだって悩んだり。友達やクムハ、お嬢様は慰めてくれましたけど」

 負け惜しみとは言っているが、その中には悪口も入っていたのだろう。

 幼い男心にとって、女の子相手に負けるというのは、素直に認めるのは堪えがたく、格好悪いと感じるものだ。負けを認めず、相手を罵るのとどちらが格好悪いか、判断の目が眩むくらいに。


「そんな思いもしながら身に付けて、自信もあったつもりの護衛術なのに、ゴルンさんには手も足も出ないし、シラミネさんには一本取られちゃうし。こんなことで、本当にいざという時にお嬢様をお守り出来るのかなって。私が今まで練習した意味って何だったんだろうって。そんなことを思っちゃいました。ゴルンさんやシラミネさんが強いこと。そのために練習を続けていたことも分かるんですけどね。私、思い上がっていたかなあとか。そんな考えが、色々と浮かんじゃってます」

 白峰は頭を掻いた。

 こういうとき、どんな言葉をかければ彼女の慰めになるのか。よく分からない。女心が分からないことは、悲しいが自分でも自覚はあるつもりだ。


「すみません。『そんなことはない』って、自分は思うんですけど。自分がそう言ってもミィレさんは納得しないんだろうなあって、そんなことを思いました」

「あ、ごめんなさい。慰めて欲しいとか、そういうつもりじゃなくって」

 慌てたようにミィレが言ってくるが、それを白峰は遮った。


「いいですよ別に。というか、こっちが勝手に何か言いたいだけですから」

 親しくさせて貰っている女性が落ち込んでいるのを見て、放っておける男はいないだろうと思う。恥ずかしいので、まず言わないが。

「まあでも、それでもいいんじゃないですか? これまでの思いを考えたら、落ち込むのは普通の感情だと思いますし。自分も、ミィレさんと同じ立場だったら、きっと落ち込みます」


「そうですか?」

「そうですよ」

 そう言うと、安堵したようにミィレは表情を緩めた。


「ちなみに、これで護衛術を止めようとか、そんなこと思っていたりしますか?」

「え? いいえ? そんなこと、全然思っていませんけど?」

 不思議そうに、ミィレが首を傾げてくる。そんな彼女を見て、白峰は笑みを浮かべた。


「だったらきっと、続けていれば、今落ち込んでいる悩み事にも、答えが出てくるときが来ますよ。これまでにも、ミィレさんにそういう経験、あったんじゃないかって思いますけど」

 ミィレは、しばし虚空を見上げた。思い当たる節があるのか、ああと頷く。

「そうですね。これまでにも何度か、そういう経験はありました。落ち込んで、悩んで、自分なりに答えを見つけたり。護衛術を覚えてよかったって思える思い出とか。色々と。きっと今のこれも、そういうものになるんでしょうね」

 ミィレもまた、笑みを浮かべてくる。


「ありがとうございます。少し、気持ちの余裕が出来たと思います。でも、すぐにそんな話が出てくるって言うことは、シラミネさんも何度も落ち込んだりしてきたんですか? あと、アイキドウを続けていてよかったって思うこととか」

「ありますよ。沢山」


「聞かせて貰っても、いいですか?」

「いいですよ。でも、自分もミィレさんの話を聞かせて貰っていいですか?」

「はい。勿論です」

 頷いてくるミィレに、白峰は合気道を始めた切っ掛けから話し始めた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 勘弁してくれと佐上は思った。

 ぷにっとした腹を隠すべく、佐上は全力で寝っ転がっていた。こうしていれば、自然とお腹の肉は重力に引かれ、出っ張りが分かりにくくなるのだ。

 それが、いつの間にか隣のビーチパラソルの下で白峰とミィレが何やら楽しそうに話をしている。


 寝たふりしながら、ときおり横目で彼らの様子を伺うが。二人は互いに手首を掴んで腕を捻ったり絡めたりしている。うん、多分お互いの武術について教え合っているんだろうと思う。

 でもこう、いちゃついているようにしか見えん。

 甘い空気が漂ってきて、胃もたれして砂糖を吐きそうな錯覚を覚える。


 ちなみに今は、アサは海棠と波乗りで遊んでいる。波乗りが得意なアサが、未経験の海棠に教えている形だ。

 ルウリィとゴルンは、水鉄砲を構えながら浜辺を駆け回っている。これも見方によっては「ほほほ、捕まえてご覧なさ~い」「ははは、待て待て~」な真似に見えなくもない。歳考えろとは思うが。元気やなこの二人。どういう体力しとるんかと。


 誰か、助けてくれ。

 結局、白峰の回復を見計らって、アサが彼らを波乗りに誘いに来るまで、この地獄のような時間は続いた。

白峰は攻撃を受けたの箇所が頭なので。十分に休養を取った上で、常に人目に付く浅瀬で波乗りを遊んでおります。

その辺、安全には気を付けております。


ミィレとゴルンの一戦を別の書き方にしてみた。


 ――ミィレは、力一杯にゴルンの背中を叩いた。しなやかに、鞭のように鋭くっ!

 ミィレは、言葉を失った。失おうというものだ。

 だが、岩っ!

 それも巨岩だ。打ったときのイメージが不動の巨岩に1センチのゴムをかぶせた物だった。

 ビクともしない。まるで動かない。

 大自然に平手打ちするような無力感だ。


うん、板垣先生のファンに怒られるので自重しました。


佐上は相変わらずのオチ担当。

本当に、このキャラを用意してよかったとつくづく思います。

「うちを都合のいい女扱いすんなや」と脳内で佐上が怒っていますが。

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